日めくり短歌

『ごん狐』の作者新見南吉の短歌と童話の最後は改変されていた【日めくり短歌】

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今日は新見南吉の誕生日、教科書にも掲載されている「ごん狐」の作者です。

きょうの日めくり短歌は新見南吉の短歌と、南吉の代表作「ごん狐」にちなむ短歌をご紹介します。

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『ごん狐』の作者は新見南吉


『ごん狐』の作者は、新見南吉。1913年の今日7月30日がその誕生日です。

とわざわざ言う理由は何かというと、当ブログにおいでになる人で、斎藤茂吉が「ごん狐」だと思っている方が、ときどきおられるようなのです。

名前の「南吉」と「茂吉」が似ているからでしょうね。

教科書に掲載されているとはいえ、新見南吉は児童文学の人であり、それゆえにマイナーポエット的な作家であるかもしれません。

短歌もそうと言えばそうなんですけれども、歌は万葉集から、児童文学というのは、明治時代から始まって広められた一ジャンルなので、歴史がずっと浅いのです。

鈴木三重吉「赤い花」に掲載

南吉の『ごん狐』は、夏目漱石門下の鈴木三重吉主宰の「赤い花」に掲載されたのが初出なのですが、その先三重吉が、大幅な加筆を行ったようです。

そもそもの題名が「権狐」だったというのですから、そのままのタイトルであれば、ここまで有名にはなからなかったかもしれません。児童向けなので、漢字は少ない方が良いわけで、そのような指導を三重吉が行ったという点は興味深いものがあります。

他に南吉は、詩と、短歌も200首ほど遺したということです。

下はその中の一首

 

まま母とあらがいてのち家出ぬ赤きけいとううつつなく見る

上は、南吉が17歳のときの短歌だというので、その頃には歌も詠んでいたようです。

新見南吉の少年時代は母に早く死に別れ、その後は継母と折り合いが悪かったというかわいそうな幼少時代でした。

上の歌の、「うつつなく」というのは、ぼんやりとして、こころここになく、の意味ですが、いさかいが、南吉の心に及ぼした傷の大きさを思わせます。

そのためかも知れませんが、南吉は結局女性と結婚をすることはなく、結核のため29歳で亡くなりました。

 

ごん狐の短歌

現代短歌に、新見南吉の「ごんぎつね」を題材にした作品があります。春畑茜氏の「きつね日和」から。

描かれてきつねのごんは見てゐたり絵本の秋をゆく葬の列

ごんぎつねけふを撃たるる身と知らず絵本の山に栗を拾へる

秋草はひかりと影をゆらしをり栗を運べるごんのめぐりに

つぐなひに栗の実ひとつまたひとつごんは拾へり自(し)が影のなか

ゆふぐれの橋にをさなのこゑが問ふなぜ兵十はごんを撃ちしか

そののちを本は語らず 裏表紙閉づればしろく野の菊が咲く

いずれも童話になじんだ人からは、容易に情景が思い出せる一連の作品です。

最後の歌の「そののちを本は語らず」というのは、ごんが亡くなってしまった、お話の最後の悲しみを暗示するものとなっています。

 

修正された『ごん狐』の最後

新見南吉の童話『ごん狐』の最後は

ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。

というものです。

上に、鈴木三重吉が草稿に手を入れたことを言いましたが、ごん狐の最後は、南吉が書いたものは

権狐はぐったりなったまま、うれしくなりました。

というものでした。

ごんが最後に撃たれてしまうのは変わりませんが、皆さんはどちらがいいと思いますか。

二つを読み比べてみて、考えてみてくださいね。

それではまた明日!

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