岡井隆氏は、動物の歌にあまり秀歌がないようにみえるのはなぜだろう、と問いを置いて、古泉千樫の『屋上の土』の牛の連作を引いている。
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古泉千樫の「牛」の歌
老いませる父に寄りそひあかねさす昼の厩(うまや)に牛を見て居り
乳牛の体のとがりのおのづからいつくしくしてあはれなりけり
さ庭べにつなげる牛の寝たる音おほどかにひびき昼ふけにけり
茱萸(ぐみ)の実の白くひかれる渚みち牛ひとついて海に向き立つ
夕なぎさ子牛に乳をのませ居る牛の額のかがやけるかも
「いつくし」はうつくし「美し」に同じ。
この牛の連作は六十八首あるという。
岡井隆の連作の説明
牛とか馬を主題にしてあるまとまった数の歌を作るということは、これは、初めからその覚悟ではないとできません。画家たちが、一つの主題のもとに何枚もスケッチをし、あるいは油絵を画くように、丹念に、時間をかけて観察し、記録し、制作し、推敲していきます。(岡井隆)
それ以上に、
千樫の牛の歌は、どれも飼牛に対する愛情に裏うちされています。それはまた、牛を飼っている郷里の父に対する愛情でもあります。
岡野弘彦は「歌を恋うる歌」に、千樫の天性の抒情の細やかな美しさは短歌の理想の形を見せていると評し、釈迢空は「日本の短歌は本質に従うて伸びると千樫の歌になる」『あらゆる時代の歌を調和した発想法を持っていた」と言ったという。
故郷の牛、うつくしい牛、牛の居る庭、海、渚―――― 牛に添い、まなざしを向ける作者がいる。