正岡子規

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり 正岡子規の短歌代表作10首現代語訳

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正岡子規の短歌より有名な作品、代表作を集めて、現代語訳と解説、鑑賞のポイントを記しました。

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瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

 

現代語訳
瓶に差した藤の花房が短いので畳の上に届かないでいることだよ

明治34年作。随筆「墨汁一滴」の中の歌。

夕餉したため了りて仰向に寝ながら左の方を見れば机の上に藤を活けたるいとよく水をあげて花は今を盛りの有様なり。艶(えん)にもうつくしきかなとひとりごちつつそぞろに物語の昔などしぬばるるにつけてあやしくも歌心なん催されける。この道には日頃うとくなりまさりたればおぼつかなくも筆をとりて

の長い詞書のあとに10首が記された中の1首。
内容は机上の花瓶に活けた藤の房が垂れ下がりながら、畳にはふれない位置で止まっている、それを目に見える通りに写生した歌である。

「短ければ」は、「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の」にやや似た観察で、畳との距離感を具体的にとらえうる言葉となっており、この句が置かれることによって、垂れている藤の房の姿を思い浮かべることができるだろう。

「けり」の助動詞は詠嘆で、その距離の発見が強調されている。

前書きにあるように子規は仰臥の姿勢で畳に横になったところからローアングルでとらえた、そのままを歌にした。

 

久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも

 

現代語訳
はるばる遠くのアメリカ人がはじめたベースボールというものは見ても見飽きないものだなあ

明治31年作

子規が入学した大学予備門で、外国人教師に学んで、野球が盛んにおこなわれており、子規も熱中した。ポジションはキャッチャーで、新聞「日本」に野球のルールなどの解説を執筆している。

「久方の」は万葉以来の枕詞で、本来「天」「雨」「光」などに関するが、ここでは独自に「アメリカ人」に関している。また「久方」にあるはるか遠くのイメージで、野球発祥の外国からはるばるわたってきたものと暗示した。

「見れど飽かぬかも」は万葉集に見られる対象賛美の常套句。

また子規は自らの幼名である「升(のぼる)」にちなんで、「野球(のぼーる)」という雅号を用いていた。

 

十四日、オ昼スギヨリ、歌ヨミニ、ワタクシ内ヘ、オイデクダサレ

 

現代語訳
14日お昼過ぎから歌を詠みに私の家にどうぞおいでください

明治32年作、岡麓宛て書簡中の中の一首。歌会への案内を話し言葉のまま一首としている。
同じ日に香取秀眞(かとりほづま)宛書簡には「明日ハ君ガイデマス天気ヨクヨロシキウタノ出来ル日デアレ」ともある。

短歌が人と心を通わすための消息の具としての実用性が楽しく生かされている。
子規が仲間内だけの歌では口語を使った例でもある。

 

あら玉の年のはじめの七草を籠(こ)に植えて来し病めるわがため

 

現代語訳
新しい年のはじめの七草を籠に植えて来た。病気で外出できない私のために

あらたまのは「年」にかかる枕詞。
植えて来しは「植えてきた」。「来し」は「きし」と読む人がいるが、「こし」が正しいとされる。

弟子の岡麓が丹念にひとつひとつの草を集め、そして草の名前を記した札を立てた盆栽のような鉢を子規のために持ってきた。

七草というのは、野辺に生えている野草ではあっても、伸び始めの短い時期に七つを揃えるのはそう簡単ではない。おそらくは誂えさせたのだろうが、子規は麓の心づくしが身に沁みたのだろう。

一月七日の会に麓(ふもと)のもて来こしつとこそいとやさしく興あるものなれ。長き手つけたる竹の籠かごの小く浅きに木の葉にやあらん敷きなして土を盛り七草をいささかばかりづつぞ植ゑたる

の詞書がある。

子規と弟子との交流がうかがえる素朴な喜びにあふれる新年詠だ。

 

くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる

 

現代語訳
薔薇の新芽の60センチほど伸びたばかりの紅色の枝の針もまだやわらかいところに春雨が降りかかる

明治33年作
1尺は30センチ強の長さ。
「くれなゐの「やはらかに」という形容以上に、薔薇の新しく伸びた枝の長さを「二尺」と記したことが具体的であり、枝の形状が容易に目に浮かぶようになっている。

薔薇の枝の芽という細部から、春雨へと視野を広げていく。「やわらかに」は、薔薇の芽の「針」にかかるものだが、「やはらかに春雨の」と続くことで、細かい雨の柔らかさとも思える位置にある。

斎藤茂吉は「『針やはらかに』といって、直ぐに『春雨の降る』と止めたあたりフランス印象派画色彩のおもかげである」と評する。

子規は実際デッサンも行ったので、その際の物の見方が歌にも反映していることを思わせる。

 

真砂なす数なき星の其の中に吾に向かひて光る星あり



現代語訳
細かい砂のような数限りのない星の中に、私に向かって光る星がある

明治34年作 10首中の冒頭の一首
彼方で自分を見つめてくれている星、自分だけを照らしている星を心の中に描いている。

 「砂の数ほどある星の中から私に向かって光る星がある」
空にひときわ明るい星がある、それを単に「明るい星」とはせずに、「吾に向かいて」と捉える。

空には無数の星があるのに、そのように一つの星を自分と関係づけていく。

それが作者の創意であり、この歌の眼目となっている。

※真砂なす~正岡子規の記事にさらに詳しく記載があります。

 

佐保神の別れかなしも来ん春にふたたび逢はんわれならなくに

 

現代語訳
春の神でもある佐保姫の春との別れがかなしい。また来る春に再び会える私ではないので

明治34年作、十首中の冒頭の歌。
「佐保神」は佐保姫のことで春を司る女神のこと。佐保神は子規の造語によるものだろう。
二句切れの上句で春の別れの悲しさを、そして「生きて会える私ではない」と自分について述べる。

春が去るのは誰にとっても惜しまれることだが、作者にとってそれが特別である、その詠嘆の意味がわかる。

今年限りの命を思いながら、命溢れる春を愛惜する感情の表された、子規絶唱の一首とも言える。

 

いちはつの花咲きいでて我が目には今年ばかりの春行かんとす

 

現代語訳
いちはつの花が咲き出して、私の目にとっては今年だけの春が終わってしまう

上の一連の二首目。
いちはつはあやめ科の多年草で5月に淡い紫いろの花をつける。

春の終わりを告げる花に心を躍らせる上句に続き、他の誰でもなく自分にとっては最後の春であるということが示される。美しい世と作者の嘆きとが並置する。

 

いたつきの癒ゆる日知らにさ庭べに秋草花の種を蒔かしむ

 

現代語訳
私の病が癒えるかどうか、病の重い私には秋になって見られるかもわからないが、庭に秋に咲く草花の種をまかせた

同じ一連十首の最後の一首。 
「いたつき」は病の意味。「知らに」の「に」は打ち消し。「蒔かしむ」の「しむ」は「~させる」の使役。

病はいついえるとも知れないが、庭に秋の草花の種をまかせたと詠う。

この一連では季節の景物を対象にしながら、それと向き合う作者の「弱き心」をためらわずに押し出しており、心を打つ一連となっている。

 

くれなゐの梅ちるなべに故郷につくしつみにし春し思ほゆ

現代語訳
赤い梅が散るのを見ていると、ふるさとにつくしを摘んだ春が思われることだ

明治35年作。
「紅梅の下に土筆など植えたる盆栽一つ佐千夫の送り来しをながめて朝な夕な作りし歌の中に」の詞書がある。佐千夫というのは、根岸短歌会の会員、弟子の伊藤佐千夫。

「なべに」は二つの事象の同時性をいう語。「思ほゆ」は、「思う」が自分の意志で対象を意識するのに対して、おのずからそのように思われる、対象が作者にはたらきかけているような気分を持つ。どちらも万葉集にある特色ある語を用いている。

梅を散るのを見ながら、思いは自然に回想の故郷の春へと転換していく。淡く美しい歌で、晩年の子規の歌境を示す一首。

 

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