山東京伝の狂歌「耳もそこねあしもくじけてもろともに世にふる机なれも老いたり」  

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山東京伝の狂歌「耳もそこねあしもくじけてもろともに世にふる机なれも老いたり」

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山東京伝と「割り勘」の元となった「京伝勘定」が、ことば検定で出題されました。

山東京伝は、若いころから吉原の遊郭に出入り、遊女を妻にした遊び人でしたが、意外にも倹約家であり、その生活ぶりを伝える狂歌「耳もそこねあしもくじけてもろともに世にふる机なれも老いたり」が伝えられています。

きょうの日めくり短歌は、山東京伝の狂歌をご紹介します。

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読み:みみもそこね あしもくじけて もろともに よにふるつくえ なれもおいたり

作者

山東京伝 狂歌

一首の意味

耳が遠くなり、足腰も弱った自分と一緒に、慣れ親しんだ机、お前も年老いたものだなあ

 

山東京伝の人物像

山東京伝は、いわゆる遊び人でしられ、若いころから遊郭に出入り、遊女であった女性を妻にしました。

そして、そこでの体験を元に、戯作者として活躍。

文章の他、浮世絵氏として『吾妻曲狂歌文庫』の狂歌集の出版の挿絵を描きました。

他にも、身軽織輔(みがるのおりすけ)の筆名で、自らも狂歌を作るという、たいへんに多才な人であったようです。

意外にも本業は別にあり、今の東京の銀座の辺りで煙草入れの店を経営する経営者であり、倹約蚊であったと伝えられています。

今の「割り勘」というのは、勘定を均等に分けて支払うという方法ですが、こちらは、倹約やけちのためではなく、弟子の滝沢馬琴は「お金のもめごとを残さないため」とも述べているようです。

とはいえ、倹約蚊であった、京伝をほうふつとさせるのが最初の狂歌「耳もそこね あしもくじけて もろともに 世にふる机 なれも老いたり」です。

一つの机を若いころからずっと使い続けたとみえて、それが「もろともに」(一緒に)の言葉に現れています。

そして、机に向かって「なれ」と呼び掛けるのは、長年使い続けた愛着のある机だからでしょう。

その上で、京伝は、店のそろばんをはじき、執筆もしたに違いありません。

もう一首、山東京伝の人生訓を伝えているといわれる狂歌、

身はかろく持つこそよけれ軽業の綱の上なる人の世わたり

橘 曙覧(たちばな あけみ)の「歌詠みは下手こそよけれ」を思い出します。

京伝は世渡りの心得として、「身は軽い方が良い。軽業の綱の上を渡るように人の世を渡るには」といっています。

戯作者というのは、要するに江戸時代の通俗作家のことですが、遊郭のルポルタージュをしたり、風俗や流行をいち早く取り入れて文章にし出版する仕事です。

文章が書けるのはもちろん、風刺の狂歌も詠めなくてはいけないし、挿絵も必要だ、というわけで、それらを全部自分でこなすのは「身が軽い」にも通じるものがあります。

そうして作品を次々出版していく身過ぎ世過ぎ、「かろく」とはいえ、案外大変だったのではないでしょうか。

それだからこそ、苦楽を共にした仕事の友というべき、机の老いをねぎらった上のような作品が残されているように思われるのです。

 

きょうの日めくり短歌は、山東京伝の狂歌をご紹介しました。

それではまた明日!

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