あの夏のかぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
現代短歌の相聞の歌としていちばんに思い出されるのは、この有名な短歌です。
作者小野茂樹氏は、結婚4年目の33歳のとき自動車事故で亡くなりました。
高校時代に知り合った妻と再会、双方が離婚後の再婚しましたが、歌はお互いが唯一の恋人であったときに還ろうとの呼びかけだったのでしょうか。
今日の日めくり短歌は、小野茂樹さんの短歌とそれにちなむエピソードをご紹介します。
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あの夏のかぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
あの夏のかぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ 小野茂樹【日めくり短歌】https://t.co/MpXTNOPjXH pic.twitter.com/Pc6NwHZGe8
— まる (@marutanka) August 4, 2020
作者は小野茂樹。歌集『羊雲離散』より。
小野茂樹さんは、交通事故で不慮の死を遂げました。
歌仲間である歌人の小中英之さんと別れたのち、帰宅しようと乗車したタクシーの運転ミスでした。
「あの夏の」一首の内容
この歌は妻に呼びかけたもの。
亡くなったのは結婚4年後のことですが、おそらくは、それよりずっと以前の妻の「あの表情」と言い表したい記憶が作者にはあって、妻にそう言うという内容のようです。
というのは、妻とは高校時代からの知り合いですが、最初に結婚したのは、お互い別々の相手でした。
小野茂樹氏の代表作の背景
『一首のものがたり』(加古陽治著・東京新聞)には、この歌の背景が、下のように記されています。
この歌の相手は、高校の同級生。その頃、恋人だった彼女は作者とは別な男性と結婚します。
8年後に、作者も別な相手と結婚するのですが、2人は再会、旧交を温めるという以上の仲になっていくのです。
彼女は2児を置いて家を出て、お互いの離婚成立後に結婚。上記の事故は、その4年後に起こりました。
歌が詠まれた時期
掲出歌が詠まれたのは、その妻が、まだ人妻であり、再会を果たした頃。
おそらくは人の妻であった彼女に、作者は呼びかけるのです。
あの夏のかぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
と。
「あの夏の」とはおそらく、彼らがお互いの唯一の恋人たちであった時のことなのではないでしょうか。
短歌を始めた夫人の作品
夫である小野氏の死後に、妻の小野雅子氏は、短歌を始めたそうです。
なにげなく点くればラジオ奏でゐる夫の好みし曲「イエスタデイ」
春の畑へだててのぞむ球形のガスタンク夫と住みゐし町よ
目玉焼黄身あざやかに焼けたるを好みし夫よ今朝も卵割る
人との別れはとても悲しい。
けれども、これらの歌のまっすぐな美しさに胸を打たれずにはいられません。
今回のエピソードの紹介された本。
小野雅子さんの短編集。