詩歌

太郎を眠らせ太郎の屋根に雪ふりつむ「雪」三好達治

更新日:

日本語のもっとも好きな詩を問われたらこの詩をあげたい。

    雪     三好達治

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

言葉の数が少ないために、いろいろな疑問も胸に湧いてくる。太郎を眠らせるのは誰か、太郎と次郎は一緒に住んでいるのかなどを、詩を深く味わうために考えてみよう。

スポンサーリンク

太郎と次郎は兄弟なのか

教科書の指導要綱だと太郎と次郎は兄弟なのだそうだが、家父長制も弱まり、少子化時代の今は「次郎」が次男だということを浮かべる子どもの方が少ないと思う。

日本の家屋であったとすると、寝かしつけることを必要とするような年齢の、太郎と次郎が別々の部屋、または別々の家に寝ているとも考えにくい。

太郎と次郎は同じ屋根の下に住んでいるのか

しかし、屋根は、「太郎の屋根」「次郎の屋根」であって、あくまでそれぞれの屋根であって、太郎と次郎は別々の家に住んでもいるようだ。

兄弟であり、同じ家に住むのであれば、「兄の部屋」というのはあっても、「兄の屋根」「弟の屋根」という区別の仕方は通常はしない。

しかも、各行は句読点「。」で、それぞれの文として完結しているので、やはり建屋は別のように思われる。

つまり、太郎と次郎は、兄弟のような親しいつながりを保ちながらも、それぞれ別々の家に寝ている。

複数の屋根が連なり、そのそれぞれの屋根の上に雪が積もっていくというのが、自然な詩のイメージなのである。

暗示される母の存在

英語と違って、日本語は、主語を省いても差し支えないので、「太郎を眠らせ」るのが、お母さんなのか、それとも「雪ふりつむ」の雪であるとのどちらともとれる。

別々の家に眠る太郎と次郎を眠らせるのは、雪でもあり、詩の中に書かれてはいないお母さんでもある。

なお、「ふりつむ」は、「降り積もる」の文語形。意味は同じ。

思うこと

雪の光景のなかでは、目の前の枝も岩も地面もみんな白くなる。
自分の屋根も雪をかぶっている。隣の家も屋根をかぶっている。
その屋根の下ひとつずつに「家」があり、人がいる。
雪景色と「太郎」という名前は、むしろ時間を越えて普遍につながるイメージを持っている。

***
冬の朝、どれだけの人が、今同じようにストーブのスイッチを入れているだろうと思うことがある。
そうして、自分はそのストーブに手をかざす。

手のひらがもっとやわらかく小さかっただろう、あの日の朝と同じように。

-詩歌

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.