母の声・私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ~堀口大學 - 短歌のこと

詩歌

母の声・私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ~堀口大學

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堀口大学の詩に「母の声」という美しい詩がある。

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母の声

――母は四つの僕を残して世を去った。
若く美しい母だったそうです。――

母よ
僕は尋ねる
耳の奥に残るあなたの声を
あなたが世に在られた最後の日
幼い僕を呼ばれたであろうその最後の声を
三半規管よ
耳の奥に住む巻き貝よ
母のいまはのその声を返へせ

堀口大學の昭和22年の作。この詩を読むと、彼のコクトーの訳詩を思い出す。

 

 Mon oteille est un coguillage qui aime le brait de la mer.

海は仏語では母と同じ音であり、漢字の「海」の中にも「母」が含まれてもいる。
耳の奥にある「母の声」をどんなにか取り出したかったであろう。

この世でもっとも美しい、自分に向けられた筈の母の声を求めようとする気持ちが堀口大學を言葉の世界へと向かわせることになったのかもしれない。

そうして彼はたくさんの「母の声」を多く訳文として、人々に伝えることになった。
言葉はやはり美しいものを語るためにこそあるのだと思う。

 

堀口大學 ほりぐちだいがく

1892年東京生まれ。1981年没。詩人、翻訳家、フランス文学者。東京本郷生まれ。名前は本名で、父親が東大生でかつ東大の赤門近くで生まれたので名付けた。
幼少期は新潟県長岡市で過ごした。慶應義塾大文学部仏文科中退。佐藤春夫とは大学時代からの親友。19歳から33歳にかけて海外で暮らした。
ブラジルにいた大正8年に創作詩集「月光とピエロ」を出し、大正14年には近現代のフランス詩を翻訳した訳詩集「月下の一群」で日本の文壇に新風を吹き込んだ。
アポリネールの名詩「ミラボー橋」など甘美な作風は、中原中也や三好達治など当時の若い文学者たちに多大な影響を与え、日本現代詩の発展に貢献した。

 

堀口大學詩集 幸福のパン種 (増補版)

堀口大學の愛娘が、父の詩と翻訳詩から選んだ珠玉の72編 読む者の琴線に触れた詩人からのメッセージ。――それは味わいとして残り、時を経て醸造され、幸せな感覚、あるいは感情として心の中に膨らんでいく『幸福のパン種』である。堀口大學の詩を読んだことのない方には入門の書として、すでに馴染みのある方には座右の書となる詩集。

 

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