秋つばめ包のひとつに赤ん坊
作者黒田杏子の俳句作品の現代語訳と表現技法の解説、鑑賞を記します。
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「秋つばめ包のひとつに赤ん坊」の解説
読み:あきつばめ ぱおのひとつに あかんぼう
作者と出典
作者名:黒田杏子 くろだ ももこ
出典:俳句集『一木一草』
現代語訳
ここモンゴルの住まいのパオの一つに赤ちゃんを育てる家族がいるが、季節がくれば家族は燕のように移動していくのだろう
句切れと表現技法
- 初句切れ
- 体言止め
- 比喩(隠喩)
季語
- 季語は「秋つばめ」
- 秋の季語
形式
有季定型
「秋つばめ包のひとつに赤ん坊」の意味
モンゴルの遊牧民の家族を詠んだ俳句です。
「包」はモンゴル語で「パオ」と読まれます。
「包」の意味
包はモンゴルの遊牧民に見られるテントのような家、正確には天幕式家屋と呼ばれる住まいです。
遊牧民は家畜の飼育によって暮らしているため、季節によって家畜を連れて移動をするので、移動に適したパオを住まいとしています。
必要な季節が来ると、パオを分解し、大地を移動、また新しい土地にパオを組み立ててその土地に住みます。
「秋つばめ」は比喩
このような生活形態を、作者は「つばめ」のようだと感じて、その比喩を初句に「秋つばめ」としてしています。
秋つばめの飛ぶのと同じ時期に遊牧民は移動をするため、「秋つばめ」の一語で遊牧民の移動の季節と、遊牧民とそのライフスタイルの比喩を表しています。
「包」の表記と表現
元々、パオは 暖かく人を包み込む吊り具のイメージでパオと命名されました。
句の中ではパオは、カタカナで「パオ」ととせず、「包」は中国語の漢字が用いられています。
これは、寝具や布に包まれている赤ちゃんのイメージを強めています。
「包のひとつに」の背景
「パオの一つ」というのは、たくさんある中の一つという意味ですので、モンゴルの遊牧民の住むパオがたくさん目に入るところか、または作者は移動しながらパオを複数目にする中で作者はこの句を詠んだのでしょう。
さらに、パオが立ち並ぶモンゴルの大地の広大な様子も想像してみてください。
体言止めの「赤ん坊」
作者がこの風景で最も心を惹かれたのは結句の体言止めによる「赤ん坊」にあります。
日本から遠く離れた遊牧民の住む異国で、人々は異なる生活様式を持ちながらも、私たちと同じように日々の暮らしを営んでいる家族がいる。
その象徴が「赤ん坊」です。
作者の黒田杏子は女性であるため、気候が厳しいモンゴルで移動を常とする厳しい環境で赤ん坊の母と家族が子どもを育てるということに、もっとも強い感慨を覚えたのです。
俳句の構成
この句は広い光景から、ただ一つの物に焦点を絞っていくという表現が取られています。
秋つばめは鳥なので、まず広い空がイメージされます。
「包の一つ」はパオがたくさんあることで、こちらは空に対して広い大地の土の上です。
さらに「包の一つ」で、たくさんある中の一つのパオ、家屋が焦点化されます。
赤ん坊は家屋の中にいるので、パオの屋根中にあり、さらに赤ちゃんを入れる籠や寝具などにさらに包まれている、その中にいます。
幾重にも幾重にも包まれたような赤ん坊の存在を一句全体が示しているのです。
作者にとって赤ん坊、その命のはぐくみはもっとも大切な句の主題であることがこの構成からもわかります。
このような視点の変化と句の構成を味わってみてください。
黒田杏子について
作者のプロフィールと、他の作品をご紹介します。
黒田杏子のプロフィール
黒田 杏子(くろだ ももこ、1938年8月10日 - 2023年3月13日)
東京市本郷生まれ。父は開業医。1944年栃木県に疎開、高校卒業まで栃木県内で過ごす。栃木県立宇都宮女子高等学校から東京女子大学に進学[1]。大学入学と同時に俳句研究会「白塔会」に入り、山口青邨の指導を受け、青邨主宰の「夏草」に入会。東京女子大学文学部心理学科を卒業後、博報堂に入社。テレビ、ラジオ局プランナー、雑誌『広告』編集長などを務め、瀬戸内寂聴、梅原猛、山口昌男など多数の著名文化人と親交を持つ。この間、10年ほど作句を中断。1970年、青邨に再入門。青邨没後、1990年俳誌「藍生」(あおい)を創刊、主宰。日本経済新聞俳壇選者[2]。日本ペンクラブ会員。―出典:フリー百科事典Wikipedeia 黒田杏子」より
黒田杏子の代表作品
白葱のひかりの棒をいま刻む
一の橋二の橋ほたるふぶきけり
磨崖仏おほむらさきを放ちけり
ねぶた来る闇の記憶の無尽蔵
黒田氏の代表作100句は 萬翠荘公式サイトで読めます。
教科書の俳句一覧
教科書掲載の俳句一覧です。
各俳句の解説はリンク先の記事で読めます。
斧入れて香におどろくや冬木立 与謝蕪村
桐一葉日当りながら落ちにけり 高浜虚子
秋つばめ包のひとつに赤ん坊 黒田杏子
ぬうぬうと秋かき混ぜる観覧車 藤本敏史
林道の朽ちし廃バス額の花 村上健志
囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子
菜の花がしあはせさうに黄色して 細身綾子
谺して山ホトトギスほしいまま 杉田久女
万緑の中や吾子の歯は生え初むる 中村草田男
芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏
星空へ店より林檎あふれをり 橋本多佳子
いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規
小春日や石を噛み入る赤蜻蛉 村上鬼城
分け入つても分け入つても青い山 種田山頭火
入れものがない両手で受ける 尾崎放哉
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教科書の俳句 中学高校の教材に掲載された有名な俳句一覧 解説と鑑賞