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「仰げば尊し」から間違いやすい「いととし」と「別れめ」・「風立ちぬいざ生きめやも」の誤訳

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朝、テレビでことば検定というのを見ていたら、今日は「恩師の日」なのだそうで、卒業シーズンだからなのでしょうか、そういう日があるのだなあと思いました。

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「仰げば尊し」から間違いやすい二つの箇所

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卒業の時に歌う歌「仰げば尊し」から、間違いやすいところをあげます。

「思えばいととし」は「愛し」ではない

「仰げば尊し」の「思えばいととし わが年月」というのは、「思えば愛おしい」と思っている人が多いようなのですが、この部分は漢字で書くと「いと疾(と)し」となります
「疾(と)し」は「早い」との意味なので、「いと」をつけると、「たいへん早い」ということです。
気持ちとしては「愛し」でもわからなくはないのですが、その前に「思えば」がつくとなると、「在学している時はかったるい、やってらんないと思っていたが、思い直せばそうでもなく愛しい年月だった」ということになるので、やはりよろしくない。むしろ意味の取りにくいものになります。 
「思えばいと疾(と)し」の、「その時その時を懸命に過ごしてきたが、今思うと月日が過ぎるのは早いものだ」の方が、正しい意味であり、その方が、文意としてはよくわかるものになりますね。 

「今こそ別れめ」は「別れ目」ではない

「今こそ別れめ」を別れ目だと思っている人も結構いると聞きますが、自分もその時分は意味はよくわからないままで歌っていました。
この場合の「め」とは、助動詞「む」の已然形です。通常、文の終わりの終止形なら「わかれむ」となりますが、この場合は「係り結び」というもので、係助詞「こそ・・・め」の形で、前を受けて結ぶということに決まっています。
なので、「こそ・・・め」が、「今こそ別れめ」となるわけですね。
意味は「するがよい」の勧誘の意味です。
文の意味としては「今こそ別れるがよい」ということで、訳すときは「別れの時」のような名詞ではなく、「わかれめ」を動詞として訳しましょう。

「風立ちぬ いざ生きめやも」の間違いとは

堀辰雄の「風立ちぬ」作中にある「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、作品冒頭に掲げられているポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」を堀辰雄本人が訳したものです。
この場合の「生きめ」の「め」は、上の「別れめ」と同じも、未来推量・意志の助動詞の「む」の已然形「め」です。
しかしそのあとの「や・も」は、反語の「やも」であり、その場合の意味は「生きはしない」という意味になり、堀辰雄の誤訳と言われています。
もちろん、そのことで小説そのものの価値を損なうことはないでしょう。


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