文学 本・歌集

「星の王子さま」のapprivoiserアプリボワゼにみるサン=テグジュペリの描く人の関係

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サン・テグジュペリの『星の王子さま』の中の有名なところ。

王子さまがキツネに「遊ぼうよ」と言うと、
キツネは「一緒には遊べないよ。君とapprivoiserアプリボワゼしてないもの」と言う。

「アプリボワゼ? それはどういう意味なの?」

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君と「アプリボワゼする」とは

「星の王子さま」の最初の翻訳者、内藤濯(あろう)訳は、そのようになっていた。

今の翻訳だと、この語は、「飼いならす」と訳されている。

「<飼いならす>って、それ、なんのことだい?」「よく忘れられてることだがね。<仲よくなる>っていうことさ」

 

「飼いならす」への違和感

おそらく、それは英語のtameの翻訳ではないかと思う。
とすると、今の本は英語から日本語に訳したものなのかもしれない。

けれども、ここは登場人物の片方は狐だとしても、人と人との関係を表す箇所なので、「飼いならす=仲良くなる」はそれほどぴったりこないのではないだろうか。

そもそも、人間同士に、飼い主と飼われているものとの間のような主従関係は必要ないものだ。

 

仏語に添った内藤訳

初版の内藤訳をもう少し見てみると「それは、creer des liensってことだよ」 と続く。
lienはフランス語のサイトを見ればわかるけれど、「リンク集」の「リンク」に当たる言葉。

creerは英語のcreatと同じ語源で、訳者によってさまざまなところで、「絆を結ぶ」という訳もあるらしいが、いい言葉だけれど童話なのでこれもやや違和感があるともいえる。

翻訳というのは、なかなか即置き換えがきくものばかりではない。

 

さらにキツネの言葉は続く。

 

Tu nʹes encore pour moi quʹun petit garcon tout semblable a cent mille petits garcons. Et je nʹai pas besoin de toi. Et tu nʹas pas besoin de moi non plus. Je ne suis pour toi quʹun renard semblable a cent mille renards.

「僕にとって君はまだ他の10万の男の子と見分けがつかないし、僕には君が必要じゃないよ。けれど、君とアプリボワゼするとね、僕たちは互いに必要となるんだ。僕にとって君は世界でたったひとつのものになるんだよ」 

つまり、アプリボワゼの内容は、仏語の言語を解する人にも、作中で「説明」がされているもので、その語本来の意味がどうというより、作者のサン=テグジュペリが思う人とのつながりというものなのだろう。

 

「オーシャンゼリゼ」にもあったapprivoiser

フランスに住んだことのある友人に聞いてみたら、「アプリボワゼ」は、「オーシャンゼリゼ」の歌詞の中にもあるという。

その箇所を見たら、疑問が一挙に解決した。

Il suffisait de te parler, pour t'apprivoiser

「話すだけで十分だった あなたと親しくなるために」 

この場合の「あなた」は、vous でなくて tu。

仏語はそもそも、呼び名で間柄がわかるのだが、初対面ではvousを用い、「親しくなると」tuになる。
日本だったら「さん」と「ちゃん」にも似ているだろうか。

「apprivoiser」はそのままに「親しくなる」。

そして互いにアプリヴォワゼすると「互いに必要となり、お互いにたった一つのもの、たった一人の人になる」

日本語に置き換えずに原語そのままに載っているというのも、良くはないのだろうが、役者と共に、原語の意味、そして作者の差すところを探りながら、おのずと最後まで読むことになった。

特に、私は仏語の学習のために最初この本を読んだので、この本では、このapprivoiserの箇所が一番印象に残っていることを、なつかしく思い出す。

 

 

 







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