古泉千樫

原阿佐緒 生きながら針に貫かれし蝶のごと悶えつつなほ飛ばむとぞする 古泉千樫の相聞歌に関連して

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古泉千樫の相聞歌を引こうとする前に、原阿佐緒に関する資料に目を通したが、今までも阿佐緒に関するものは読んだことがあるが、初めてわかったことに驚いたことが多々あった。

最初に書いておくと、以下の記述の元は日本文学誌要の論文古泉千樫「燭影」考からで、そもそもの内容は阿佐緒の小説や短歌において既に書かれているものであって、何らの創作や脚色のあるものではない。

原阿佐緒との初めての逢瀬

 

阿佐緒は千樫と初めて会って、わずかその8日後の2度目の逢いで一夜を共にするという深い関係になっている。

その前に文通をしていたとはいえ、性急すぎることにまず驚くが、それもそのはずで、彼女の欲していたのは通常の意味での同衾ではなかった。

寝顔を見る嗜癖

その夜は阿佐緒は眠らずに夜通し起きているという挙に出る。というのは、阿佐緒は男性の寝顔に対してのみ性的欲求を感じるという嗜癖の持ち主だったためである。端的に言えば千樫と同宿したのは、文字通り「相手の寝顔を見る」ためだった。

阿佐緒自身の小説『黒い絵具』(阿佐緒は最初は画家を志していた)には、二度目の夫との結婚後の情景と思われる場面が出てくるが、そこで夫の勇吉は言う。

勇吉はよく夜更けに、否、朝明けまでもぱっちりと目を開いて自分の寝顔をみつめている久和子の顔を見出しては、おどろいたことがあった。(中略)「久和さん、それがお前の性的な興奮なのかね」(中略)彼女はそんな時自分を一層エクスタシーの絶頂に導いた。そのほかには彼女はほどんと性欲的の快感を経験しなかった。

阿佐緒は、さらに自身の歌でも「いとほしき寝顔のまへに泣きぬれて暁をみしこともしばしば」と詠んでいる。

 

古泉千樫との逢瀬の夜

千樫と初めて過ごした夜にも、「夜は深し燭(しょく)を続(つ)ぐとて起きし子のほのかに冷えし肌のかなしさ」「うつつなくねむるおもわも見むものを相嘆きつつ一夜明けにけり」とあるように、阿佐緒は夜通し火を消さずに点し続けた。

千樫が「うつつなくねむるおもわも見むものを」すなわち、「意識をなくして眠っている顔を見たいとも思うのに(みられなかった)」とある通り、阿佐緒は眠らなかったようである。

千樫はその後の手紙で「さういへばこの間私はあなたのねむったお顔を見なかったことを思って妙に寂しくなったのでした」とある通り、千樫が阿佐緒の寝顔を見る機会はなく、あるいは阿佐緒は千樫の寝顔を見続けていたのかもしれない。

また、阿佐緒は、千樫と同宿をする日に「こんな晩には、剃刀の光でも見るのがふさわしいと思いますわ」と千樫に言ったという。(これは茂吉の『滞欧随筆』の「花を嗅ぐ」に記載がある)

そしてその夜、千樫の歌稿には、推敲前の歌に「さ夜床になびく黒髪もてあそびいのねらへぬに死去(しい)ねと云ひき」とあり、阿佐緒が「死ね」と言ったことが見られるという。

「いのねらへぬに=寐の寝らえぬに」は「寝ることができないでいると」という意味であり、ここでは「相手が(千樫の)髪をもてあそんだので寝られないでいると『死ね』と言った」という意味である。

性的偏向の原因と自殺未遂

なぜ、阿佐緒がそのような性的嗜癖の持ち主になったのかというと、阿佐緒の最初の夫小原要逸という元教師に、性的暴行を受けたからだという。

その時の、阿佐緒は剃刀を胸に突き立てて自殺未遂を計る。「われとわが胸の傷より血とともにたえず流るる悲しみの歌」「かみそりをもてばをののくきづつきて血の垂りし胸ふと思ひ出て」「いまはしき恋のかたみと乳のうへの刃の傷痕に心ふるひぬ」

阿佐緒は妊娠して子供をもうけ、要逸とも結婚したが、夫が許せるはずもなく、まもなく離婚となった。そして、性への嫌悪感が取り払われることはなく、代わりに男性への復讐心と共に、歪んだ性的嗜好を持つようになったようだ。

しかし、一度の事件が必ずしも一生を支配したわけではなく、おそらく、最初の結婚はともかく、初恋の相手であった二度目の結婚相手の庄司勇を阿佐緒は好いていたようだが、それも同居1年で離婚となったなど、その後の人間関係が育たなかったことにも原因はあるだろう。

原阿佐緒本人の自覚と短歌

阿佐緒は自分でも自らの性癖を心得ており、小説には「性的不具者」と記す他、「わがなべてあかさずもがもひそかなる奇(く)すしき性を人は知らめや」「うつそみのわがうまれつきの並みならぬをおのれかなしむ人は知らなくに」「なべてをしあかさずもがもひそかなる怪しき性を人は知らめや」「わがなべてあかさずもがもひそかなる奇(く)すしき性を人は知らめや」と詠っている。

また、石原純との不倫事件の際に、石原純の妻逸子には、阿佐緒が自らを「性的欠陥のある女です」と話したということが、朝日新聞の逸子の談話に掲載されたとあるので、阿佐緒本人もそのように思っていたようだ。

親友三ケ島葭子

男性の側からは、そのように記録されたものがないが、晩年の阿佐緒と同居をして世話をした次男保の妻原桃子の記述、阿佐緒の親友の三ヶ島葭子も同様の記述があり、おそらく阿佐緒のプライバシーを明かすというより、石原純との事件で、通常の意味での性的興味を欠いている「欠陥」のある阿佐緒が、事件を主導しるものではないという話の根拠として用いたものだろう。

そして、三ケ島が続いて石原との仲を取り持ったというのも、そのような阿佐緒の性癖を心配してのことだったのだろうと思われる。

つまり、このようなタイプの人にはありがちだが、むしろ不特定多数の異性と性的に乱脈な行動を取り続けることを心配した三ケ島夫妻は、阿佐緒を欲する石原に添うことで、とにかくも阿佐緒に普通の生活をさせられると思ったのだろう。

石原も招かれもしないのに実家まで阿佐緒を追って訪ねていくなど、これも阿佐緒以上に尋常ではなく、あるいはそのような二人が添えばいちばん良いとも思ったのかもしれない。

どちらかというと、三ケ島の夫の方がそれを感じていたようだ。

 

古泉千樫を翻弄

千樫に対しては、最初の一夜の数日後に、阿佐緒が「私の身はいく年前と同じでした」という言葉と、それから「勝利者」と自分を称したこととが書かれている。

千樫の手紙に「誰に対して勝利者というのですか。私に対してならおかしい。勝利も負けもないはずです」とあるように、察すると、阿佐緒は、千樫に対しても不感症であったことのほのめかし、不感症であるゆえの「勝利」を感じたようだ。

しかも、一夜を共にした後に、滞在を終えて阿佐緒が駅を発つ際に千樫が見送りに行くと、その場に阿佐緒が読んでおいた庄司と鉢合わせになったという。

原阿佐緒の男性への復讐心

阿佐緒自身が「わたしは 世と人とに対して何かしら復讐をしたいようにも思う」「華美な姿を好むのも男への反抗心」と言ったように、自らを美しく装い立て、男性の気を引きながら、やすやすと関係を結び、他の相手との交際を見せつけたり相手を貶めたりということが、阿佐緒のやり口であった。

なので、阿佐緒の周りには人間関係のトラブルが絶えなかった。こういう人は、自分一人ではなく、必ず他人を巻き込んで病理を展開するタイプで、今ならば十分治療対象なのだが、阿佐緒をまっとうに暮らさせようとした三ケ島も千樫も、既に阿佐緒の病理に巻き込まれていたと言える。そして、それは第三者には説明するに極めて難しいことであったろう。

阿佐緒が短歌を詠んでいたということは、本人のバランスを保つ上では良いことであったに違いないが、翻弄された千樫は、直接ではないにしても家庭内に波紋を招いた結果、生後3か月の赤子を亡くす。そして、アララギ発刊の遅滞を起こしたために、編集権をはく奪される。

さらには、そして石原純のスキャンダルでアララギの名が世に出てしまった責で、三ケ島共にアララギの離脱を余儀なくされたのであった。

原阿佐緒

歌人。宮城県生。宮城県立高等女学校(現・宮城第一高等学校)中退。日本女子美術学校(現・都立忍岡高等学校)中退。高等女学校中退後、上京して日本画を学ぶ。明治40年新詩社に入り与謝野晶子に師事して『スバル』に歌を発表。のち『アララギ』に転じて石原純との恋愛事件をおこした。歌集に『涙痕』『白木槿』などがある。

 

 







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