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第54回短歌研究賞・小島ゆかり「砂いろの陽ざし」朝日俳壇新選者・高山れおなさん

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こんにちは。まるです。

今日はニュースを2つお知らせします。第54回短歌研究賞は小島ゆかり氏「砂いろの陽ざし」(20首「短歌研究」平成29年11月号発表)に、それから、朝日俳壇の新選者は高山れおなさんにそれぞれ決まりました。

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小島ゆかりさんの短歌作品

第二歌集『月光公園』から初期の作品

生もののシクラメン咲く冬の夜 恋せよと人に言はれてをりぬ

転院しまた転院しわが父の居場所この世に無きがごとし 
水流にさくら零(フ)る日よ魚の見るさくらはいかにうつくしからん
糞をする犬をつつめる陽のやうなごく自然なる愛はむづかし
いましばし言葉をもたぬをさなごに青き樹のこゑ、冽(キヨ)き水のこゑ
僧形のしほからとんぼ滑らかに往き復る宙(ソラ)の柱廊は見ゆ
雪と雪たたかひ降れば空葬の癒されざらん白骨は見ゆ
もうなにもしなくていいよイチモンジセセリおまへは死んだのだから
吹く風見てゐる。時間(トキ)の切り株に腰かけてゐる。わたしは誰だ。
にんげんに生まれて虫の世を知らず草づたひ呑む露の味さへ
虫めがねで君を大きくしてあげる指をのぼれる七星天道虫

 

これらの歌を修める『月光公園』のあとがきには、「私が私であることの不思議をふかく覗き込んだ時期」「世界に投げ出された者としての〈個〉の存在へのかなしみ」との作者の弁があります。

小島ゆかり経歴

愛知県名古屋市出身。早稲田大学日本文学科卒業。大学在学中から武川忠一が顧問を務める「短歌研究会」に所属。
1978年にコスモス短歌会で、宮柊二に師事。2017年紫綬褒章受賞。

 

 

高山れおなさんの紹介記事

朝日新聞から転載します。

同時代の句、共同体の記憶に 朝日俳壇の新選者・高山れおなさん

 朝日俳壇の選者に高山れおなさん(49)が7月8日付紙面から加わる。新選者の参加は11年ぶり。抱負を聞いた。

 《さほひめ と つれだつ まかみ ふりむかず》

 2月に98歳で亡くなった金子兜太氏を詠んだ、高山さんの追悼句だ。佐保姫は春をつかさどる女神。まかみとは狼(おおかみ)で、狼は金子氏の句の重要なモチーフだ。「狼=金子兜太自身が、彼の愛した女性的なるものと連れ立って彼の世に旅立つイメージです」

 1987年から朝日俳壇選者を務め、多くのファンがいた金子氏。その後を担うが、「兜太さんの後継者には誰もなれない」と敬意を語る。

 98年に第1句集『ウルトラ』を発表して以来、「前衛俳人」として評価されてきたが、自らを「金子氏とはちょっと系統が違う」とも説明する。季語がなく17音の定型に縛られない句も多く詠んだ金子氏に対して、自身の句は基本的には「有季定型」だ。

 《果てしなき涼しさといふ夢も見き》

 《陽の裏の光いづこへ浮寝鳥(うきねどり)》

 『ウルトラ』からはこの2句を自選。「私にとっては季語以上に『夢』が大事。夢なしでは俳句は詠めません。夢という語を使うことも多いし使わない場合でも句に夢の気分をまとわりつかせたいという思いが一貫してあります」

 10代の終わり頃は「普通の文学少年」だった。現代詩や塚本邦雄氏の前衛短歌にひかれる一方、芭蕉や蕪村の俳句に親しみ、早稲田大在学中に句作を始めた。

 俳句を学び発表する場には師である主宰者のもとで選を受ける「結社誌」と各人が対等の「同人誌」があるが、93年以来、同人誌「豈(あに)」に参加する。「豈」は摂津幸彦氏、大井恒行氏らが創刊し、筑紫磐井氏も加わるなど今に続く前衛俳句の拠点のひとつだ。

 同人誌出身ゆえに朝日俳壇のような一般投句の選をした経験はない。ただ若手俳人の句を集めた『新撰21』をまとめるなど句を選び、批評してきた。そうした広義の選句という仕事には「(俳句に関わる)全員が責任を持っている」との思いがある。同時代の大量の作品の中から優れた句を選び、共同体の記憶として残す、という仕事だ。

 朝日俳壇の現選者3氏より1回り以上若く、作風も異なるから「おのずと選ぶ句も違ってくるのでは」という。選句の方針は「オープンでありたい。この枠の中になければ句を採らないということはない。好きなのは驚きと真実性がある句」と話す。真実性といっても、文字通りの事実を写しとることとは限らない。「文学的真実性とでもいうか、幅をもったものですが」

 4冊目の句集と初の俳論集を、1年以内に出版すべく準備中だ。

 







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