詩歌

「雪の日」田中冬二 詩の中にある見えないものと見えないもの 詩集「青い夜道」

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こんにちは、まるです。
昨日は私の住む町にも、風に吹かれて一瞬雪が舞いました。思い出す、田中冬二さんのやさしい詩をご紹介します。

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雪の降った日に思い出す詩

昨日の天気予報は、おひさまマーク。終日晴れの予報でした。
けれども、山の向う側、あちら側の海に面した町には、たくさんの雪が降っていました。そして、風もうんと吹きつけていたようです。

一瞬、空に舞い散った雪は、あるいはどこからか流れてきた雪だったのでしょうか。
ひとりぼっちの雪は、すぐに消えてしまいましたが、今日の雪はきっともうじき、たくさんの仲間を一緒にやってきます。

それは空からのお便りです。それを見て人は知らされるのです。
空気の冷たさを身をもって感じながら、雪の舞う様を眼で見られたら、それが「冬」。昨日までの冬ではなくて、「ほんとうの冬」です。

田中冬二「雪の日」

 雪の日

雪がしんしんと降っている
町の魚屋に赤い魚青い魚が美しい
町には人通りもすくなく
鶏もなかない 犬も吠えない
暗いので電灯をともしている郵便局に
電信機の音だけがする
雪がしんしんと降っている
雪の日はいつのまにか
どこからともなく暮れる
こんな日 山の獣や鳥たちは
どうしているだろう
あのやさしくて臆病な鹿は
どうしているだろう
鹿はあたたかい春の日ざしと
若草を慕っている
いのししはこんな日の夜には
雪の深い山奥から雪の少い里近くまで
餌をさがしに出て来るかも知れない
お寺の柱に大きな穴をあけた啄木鳥(きつつき)は
どうしているだろう
みんな寒いだろう
すっかり暮れたのに
雪がしんしんと降っている
夕餉(ゆうげ)の仕度(したく)の汁の匂いがする

この詩には、雪と共に、懐かしい光景が広がります。

雪をめぐるけものと人の等しさ

山のけものたちに思いを馳せるとき、作者の心の中では、けものと人は等しく雪の冷たさを感じるものたちという点で、ひとくくりにされるものとなっています。

「みんな寒いだろう」という時の寒さは、作者が身に沁みて感じている寒さでもあります。

見えるものと見えないもの

また、この詩の中では見えないものと見えないものとの対比があります。

魚屋の魚、街や、郵便局の電燈。とりわけ「町の魚屋に赤い魚青い魚が美しい」というのは、鮮明な視覚像です。

そして、視覚を離れて「電信機の音」という聴覚的な提示があり、それから、町の風景には見えないもの、「山の獣や鳥たち」の鹿や猪や啄木鳥へと詩人の心は、そこにはないもの、つまり、自身の心の内面においてこそ見えるものへ遊離していきます。

すなわちそれが、遠い時間の「あたたかい春の日ざし」や「若草」への遡行、「雪の深い山奥から雪の少い里」の距離感、「お寺の柱の大きな穴」の記憶など、今必ずしも目の前にあるものではないものです。

詩の世界は心の世界

このような、人に対しての動物、見えるものに対しての見えないものが、等価に扱われるというのが、詩の世界でもあります。

詩人は、これを町の風景に見ているのではない、実は自分の中に見ているのです。そしてそれは、町の風景を見ながら、「いのししはこんな日の夜には」と考えているのではない、あくまで、詩という枠に自分を容れた時、詩を書こうという時の思いつきであるでしょう。

詩型が産む想念

詩や歌は、美しい想念によって生まれると思われがちですが、そうではなくて、むしろ「詩」というもの、詩型というものが、このような想念を生むのです。見えないものと見えないものが、同じように扱われる、そういうことができるのは「詩」の中においてだけだからです。

詩を書かない人は、山の動物のことは、自分と同じようには思わない、そのような構えを持たない、思う機会を持たないでしょう。

しかし、自分で詩を書かなくても、詩を鑑賞することで、私たちは詩の世界に入ることができる。いえ、いつでも戻ることができるのです。

田中冬二の経歴

田中冬二さんは、福島県福島市生まれ、7歳で父、12歳で母を亡くして、叔父に養育されます。そして詩は職業ではなく、銀行員をしながら書き続けたものだそうです。
叔父が安田銀行の創設者ということなので、むしろその点では恵まれた方ともいえます。

応えに満ちた世界

堀口大學などもそうですが、早くして両親や親の片方を亡くされた方は、単なる詩人気質というようなものだけではなく、詩というところに自らの言葉に応えるものを見出しているかのようです。

鹿や猪や啄木鳥を思う、それらに語りかけることができるというのは、そこに何かのフィードバックされるものを感じているからこそできることです。人は何も返ってこないもの、「無」に対しては語り続けることなどは到底できないのです。

この作者の経歴を読むと、これら動物への語りかけは、やはり、短歌でいう挽歌、幼くして別れた両親への語りかけにどこかつながっているような気がするのです。それゆえに、作者がいろいろなものに通じる言葉、日常語ではない詩の言葉を獲得したということは想像に難くない。その場合の詩のことばとは、一つの思想、思念とも言えます。

周りの物事は、皆小さなメッセージを伝えています。
今日の雪のひとひらが、あなたに語ることは何でしょう。
そう、耳を澄ましてごらん。

 

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