詩歌

吉野弘の詩「二月の小舟」朝日新聞天声人語 代表作「夕焼け」「祝婚歌」

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今朝の朝日新聞の天声人語欄に吉野弘さんの「二月の小舟」が引用されていました。
美しい詩です。下に全文を示します。

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 吉野弘の詩「二月の小舟」

 二月の小舟  吉野弘

冬を運び出すにしては
小さすぎる舟です。

春を運びこむにしても
小さすぎる舟です。

ですから、時間が掛かるでしょう
冬が春になるまでは。

川の胸乳(むなぢ)がふくらむまでは
まだまだ、時間が掛かるでしょう。

うつろいの季節 二月

日が伸びて、夕方5時に外に出ても、空が暗くなくなりました。

2月3日は節分、4日は立春です。

暦の上では春なのに、一年で一番寒い季節です。

冬でもない、春でもない。そんな、うつろいの月を、詩人は小さな船に例えています。

「川の胸乳」とは

「川の胸乳(むなぢ)がふくらむ」というのは、独特の比喩表現です。

川は流れ続けるものであり、冬から春への時間の流れとぴったり重なる視覚的なイメージです。

「ふくらむ」の流動性

そして、「胸」は誰もが持つからだの部分であり、さらに、自分の身体感覚として感じることのできるのが「ふくらむ」の部分です。

川に加えて「ふくらむ」の流動性を読む人は自分に重ねて感じることができます。

動詞は「です」の繰り返しから「でしょう」の未来を示すものに変わっています。

「胸乳」は思いを込めた「詩のことば」

「期待に胸を膨らませる」というよく知られた表現がありますが、ありきたりにならないのは、比較的稀な「胸乳(むなぢ)」という言葉があるためでしょう。

呼吸によって意志で膨らませることができる胸ではなく、おのずから膨らんでくるのだろう胸乳。

しかし、その固い音韻は、まだふくらみが春の萌芽に過ぎないことを示しています。

平易な言葉の中に、詩人はこの「胸乳」という言葉に、たくさんの想いを籠めている。

それこそが「詩のことば」というべきでしょう。

吉野弘の代表作品「夕焼け」「祝婚歌」

他に、よく知られている、「夕焼け」と「祝婚歌」を写しておきます。

吉野弘さんの代表作品として、よくあげられる詩です。

祝婚歌 吉野弘

祝婚歌 吉野弘

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

夕焼け 吉野弘

夕焼け 吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて-----。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

吉野弘 プロフィール

よしの‐ひろし【吉野弘】
[1926~2014]詩人。山形の生まれ。昭和28年(1953)、詩誌「櫂(かい)」に参加。平易な言葉で人間の温かみを描いた叙情詩で知られる。詩はやさしい文体で日常のなかの生の不条理、またそれへの愛を歌ってナイーブ。機智(きち)にも富む。

昭和46年(1971)、詩集「感傷旅行」で読売文学賞受賞。他に詩集「幻・方法」「自然渋滞」など。







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