朝日新聞「短歌時評」から母の詩を詠んだ短歌が掲載されていました。
母の死を現代の歌人はどう捉え、どう詠んだのでしょうか。
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吉川宏志歌集『石蓮花(せきれんか)』より
記事中に引用されていたのは、歌人の吉川宏志が詠んだ短歌3首
病室の高さに行きて薄青き双石山(ぼろいしやま)をともに見ており
少女になり母は走っているのだろうベッドに激しき息はつづけり
死ののちに少し残りし医療用麻薬(フェンタニル) 秋のひかりのなか返却す
コラムの著者、松村正直氏の説明と解説は
一首目は母の入院する高層の病室から故郷の山を眺めているところ。
二首目は母が亡くなる前の姿。脳裏に少女の頃の記憶が甦(よみがえ)っているのかもしれない。
三首目は在宅での看取(みと)りを終えて痛み止めの薬を返す場面だが、もう痛みを和らげる必要もないという寂しさが滲(にじ)む。
川野里子氏歌集『歓待』
もう一人別な歌人の母の死を詠んだ短歌は、川野里子氏の歌集『歓待』から。
母死なすことを決めたるわがあたま気づけば母が撫でてゐるなり
髪が、乱れてないかと母が問ふ混濁の沼ゆあるとき覚めて
病院のベッドはただよふ舟のやうかならずどれも一人乗りにて
松村氏の説明と解説は
一首目は延命処置を断る決断をしたあとの歌で、下句に胸をつかれる。
二首目はベッドで髪の乱れを気にするところが痛ましい
三首目は誰もが一人で死ぬしかない現実が「一人乗り」から浮かび上がる。
二首目はベッドで髪の乱れを気にするところが痛ましい
三首目は誰もが一人で死ぬしかない現実が「一人乗り」から浮かび上がる。
というものでした。
どうぞそれぞれの歌集をお手に取ってご覧ください。