「仰げば尊し」の歌で、「いととし」と「わかれめ」の歌詞部分の解説です。
「いととし」や「わかれめ」を、間違った意味で覚えてはいませんか。思い出して確認してみてくださいね。
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「仰げば尊し」の歌詞の疑問
卒業の時に歌う歌「仰げば尊し」から、疑問を持ちやすいところ、間違いやすいところは、「いととし」と「わかれめ」の二つです。
それぞれ
「思えばいととしこの年月」
「今こそわかれめ」
というところですね。
「いととし」の意味
「仰げば尊し」の「思えばいととし わが年月」というのは、「思えば愛おしい」と思っている人が多いようなのですが、この部分は漢字で書くと「いと疾(と)し」となります
「疾(と)し」は「早い」との意味なので、「いと」をつけると、「たいへん早い」ということです。
「思えばいととし」は「愛し」ではない
「いととし」を「愛おし」だと思っている人が、少なくなく居られるようです。
「思い出してみれば愛おしい、この年月」というのは、気持ちとしては「愛し」でもわからなくはないのですが、その前に「思えば」がつくとなると、「在学している時はかったるい、やってらんないと思っていたが、思い直せばそうでもなく愛しい年月だった」ということになるので、やはりよろしくない。
むしろ意味の取りにくいものになります。
「思えばいと疾(と)し」の、
「その時その時を懸命に過ごしてきたが、今思うと月日が過ぎるのは早いものだ」
の方が、正しい意味であり、その方が、文意としてはよくわかるものになります。
「今こそ別れめ」の意味
それでは、「わかれめ」の方はどうでしょうか。
「今こそ別れめ」は「別れ目」ではない
「今こそ別れめ」を別れ目だと思っている人も結構いると聞きます。
私自身も、この歌を最初に歌った子どもの頃は、意味はよくわからないままで歌っていましたね。
わかれめの意味
「め」の意味は「するがよい」の勧誘の意味です。
文の意味としては「今こそ別れるがよい・別れましょう」ということで、訳すときは「別れの時」のような名詞ではなく、「わかれめ」を動詞として訳します。
「わかれめ」は係り結び
この場合の「め」とは、助動詞「む」の已然形です。
通常、文の終わりの終止形なら「わかれむ」となりますが、この場合は「係り結び」というもので、係助詞「こそ・・・め」の形で、前を受けて結ぶということに決まっています。
なので、「こそ・・・め」が、「今こそ別れめ」となるわけですね。
「風立ちぬ いざ生きめやも」の間違い
「わかれめ」に似た、間違いが多くみられる例として、堀辰雄の小説のタイトルがあります。
堀辰雄の「風立ちぬ」作中にある
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
という有名な詩句は、作品冒頭に掲げられているポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」を堀辰雄本人が訳したものです。
この場合の「生きめ」の「め」は、上の「別れめ」と同じも、未来推量・意志の助動詞の「む」の已然形「め」です。
しかしそのあとの「や・も」は、反語の「やも」であり、その場合の意味は「生きはしない」という意味になり、堀辰雄の誤訳と言われています。
「生きはしない」の意味に
なので、文語に詳しい方にしてみれば、このタイトルに違和感を覚える方もおられるようです。
このままだと、「いざ生きめやも」が、「いざ」という言葉を用いながらも、そのあとが「生きられるだろうか・・・いや、生きられはしない」という意味になってしまうからです。
反語を使った表現 古文・古典短歌の文法解説
堀辰雄自身は、もちろん、結核闘病中の小説で、生きる希望をこのタイトルに託したと思うのですが・・・
やはり時代が古いからと言って、その頃は今と変わらない現代の言葉で生活をしていましたから、文語に対しては、このような誤りも多々見られたのですね。
もちろん、そのことで小説そのものの価値を損なうことはないでしょう。