たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
河野裕子の有名な現代短歌の代表作と言える作品です。
河野さんは恋愛の短歌に定評がある現代歌人です。この一首の意味と句切れ、文法や表現技法について解説、鑑賞します。
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読み:たとえばきみ がさっとおちば すくうように わたしをさらって いってはくれぬか
作者と出典
河野裕子『森のやう
現代語訳
たとえばですが、ねえあなた、積もる落ち葉を一時にガサっとすくうかのように、私をさらっていってはくれないでしょうか
語と文法の解説
・君・・・親しい人よりもやや目上の人に対する敬称。または男性への呼びかけ。年下は男性でも「汝」を使うことがある
・「ガサっと」・・・落ち葉の音を用いた擬音。通常は「ガサガサ」と用いられることが多い。
「落ち葉すくうやうに」
・落ち葉すくうやうに・・・「落ち葉」の後の目的格の助詞「を」が省略されている。
・省略しても、この部分は8音の字余り
・「やうに」は「ように」の文語体
「くれぬか」
「くれないでしょうか」の意味
「ぬ-か」は分類連語
打消の助動詞「ず」の連体形+係助詞「か」
句切れ
初句切れ
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解説と鑑賞
河野裕子の初期作品の代表作ともいえる、みずみずしい恋愛の短歌の一首。
「たとえば君」初句切れの効果
「たとえば君」は相手への不意な問いかけを思わせる。この初句切れで始めるところが印象的である。
この言葉は、文章でなく、あくまでその場での問いかけ、すなわち「口語」であるため、男性と二人向かい合っている作者の姿をほうふつとさせる。
「ガサっと」はどのような動作か
初句切れでいったん休止が入る後に続く2句に、さらに「ガサっと」の印象的な擬音が入る。
「ガサガサ」という擬音が元になっているのだが、「ガサっと」はより口語的な印象を与える。
この場合の「ガサっと」というのは、どのような動作を指すのだろうか。
「急いで」、あるいは「一息に」というような意味合いになるのかもしれないが、それ以上に、相手への思考停止を促す言葉になっているとも思われる。
初句の「たとえば君」というのは、他の話題からの転換や、不意の発話を思わせ、この初句の切り出し方も「ガサっと」に相乗的な効果を与えて、一首の性格を強めているだろう。
これが男性からではなくて、女性から切り出されているというところに驚きと、新鮮さ、そして若さが感じられる。
「くれぬか」の一首の二者性
「くれないでしょうか」は「くれ」ではなくて、相手の意向を問う言葉であるので、作者はこの言葉を投げかけた後、相手を見てその答えを待っているに違いない。
短歌は独白もあり、また相聞での相手への問いかけもあるが、初句と結句によって、極めて二者性の強いものとなっている。
字数の点からいっても、「たとえばきみ」が6字、「がさっとおちばすくうように」の句またがりと、これも6文字の字余りが、より口語性を強めている。
短歌という作り込まれた歌というよりも、生のやりとりをそのまま歌にしたような一首は、相手に強く語り掛けるものでありながら、読む人誰の心にも食い入り、記憶に残る歌となるのである。
河野裕子プロフィール
河野 裕子 かわのゆうこ
1946年7月24日 - 2010年8月12日
河野 裕子は、日本の歌人。「塔」選者。夫は歌人の永田和宏。長男永田淳、長女永田紅も歌人。 宮柊二に師事。瑞々しい言葉で心情をのびやかに表現した。晩年は乳がんに苦しみ、生と死に対峙する歌を詠んだ。歌集に『ひるがほ』、『桜森』、『母系』などがある。