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庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり【日めくり短歌】

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庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり

万葉集の秋を感じさせる短歌です。「秋づく」を使った短歌を調べていて思い出しました。

きょうの日めくり短歌は、万葉集から秋の訪れを感じられる短歌をご紹介します。

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庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり

作者:万葉集 巻10 2160 作者未詳

暑かった夏もちょっとだけ終わりに近づいてきた感じもあるでしょうか。

斎藤茂吉の短歌にも使われていた「秋づく」から連想できる万葉集の短歌が上の歌です。

秋づきて心しづけし町なかの家に氷を挽きをる見れば 「ともしび」斎藤茂吉

一首の意味

庭草というのは、庭にはえている草のこと。

村雨(むらさめ)はひとしきり降って、さっと止む、通り雨のような雨のことだそうです。

それまでは暑かったのに、雨がパラパラと降ったら、蟋蟀が鳴き始めた声が聞こえる。

雨で涼しくなった空気を感じながら、秋の訪れを実感するという内容です。

「秋づく」の意味

「秋づく」というのは、「秋らしくなる」の意味で、万葉集の短歌は、大づかみのものが多いとも言えますが、この短歌は、とても繊細な感覚で秋の訪れをとらえ、その気づきを表しています。

秋を感じ取るもの

ひとつは蟋蟀の声という聴覚。

虫というのは、よく考えてみると姿は見えないのですが、あれが虫の鳴いている音だということで、虫の存在を知るのが、虫の音です。

もうひとつは、雨が降った後の冷たい空気の感じ。よく体感温度とも言いますが、空気がさっと冷たくなった、その微妙な温度変化をとらえているのは、実は作者ではなくて、蟋蟀なんですね。

蟋蟀が鳴き始めて初めて、その声に教えられるように空気の冷たさに気が付く。

それは、ただ雨ばかりのためではない、虫がいるということは、それだけでももちろん季節が秋に入ったのです。

聴覚と体感、その両方から重層的に秋の訪れを感じ取る、逆に言うと、そのくらい五感を研ぎ澄ませないと、季節の変化というのはわずかずつ段階的で気が付きにくいものだともいえます。

夏と秋の違い、実際問題として、そこに何ほどかの大きな変化があるわけではありません。

しかし、そのわずかな時の流れに、情緒的な変化が伴うのは、人の感じ方そのものであり、その心に重きを置くのが、和歌の世界なのです。

きょうの日めくり短歌は、万葉集から「秋づく」のある短歌をご紹介しました。

それではまた明日!

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