短歌・和歌

歌人竹山広の長崎原爆の短歌 歌集『とこしへの川』より【日めくり短歌】

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竹山広氏は長崎の原爆で被爆した体験を詠んだ歌人です。

76年前のきょう、原爆の投下により広島に次いで長崎でも多くの人が亡くなりました。

きょうの日めくり短歌は、『とこしへの川』より、竹山広氏の短歌をご紹介します。

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くろぐろと水満ち水にうち合へる死者満ちてわがとこしへの川

歌人 竹山広の長崎原爆の歌

竹山広氏は長崎県で被爆されました。今から76年前の8月9日のことです。

上の歌はその代表詠。

爆心地にありながら、奇跡的に軽傷で済んだといいます。

兄上の最期を看取る

傷軽きを頼られてこころ慄ふのみ松山燃ゆ山里燃ゆ浦上天主堂燃ゆ

たづねたづねて夕ぐれとなる山のなか皮膚なき兄の顔にまぢかく

傷が軽くても、衝撃は大きく、またなすすべもなく、そこでお兄さんの最後を看取ります。

しかし、せっかく会えたお兄さんも、息をひきとります。

 

死の前の水わが手より飲みしこと飲ましめしことひとつかがやく

作者は幸いにして、生き残ることができましたが、逃れたことへの自責の念は生涯つきまとったと語っています。

歌人竹山広について

結核で入院していた爆心地から1・4キロの長崎市の病院で被爆。「心の花」に所属し、被爆体験や社会事象を詠んだ。「竹山広『全歌集』」が斎藤茂吉短歌文学賞と詩歌文学館賞を受賞、「射祷」が迢空賞を受けた。

歌集に「とこしへの川」「葉桜の丘」など。「くろぐろと水満ち水にうち合へる死者満ちてわがとこしへの川」という歌は合唱曲の題材にもなった。―「四国新聞社」

平成7年の阪神大震災の短歌

平成7年の阪神大震災においても 下の歌を詠まれています。

居合わせし居合わせざりしことつひに天運にして居合わせし人

「居合わせた事実を心にも体にも深く負って生きることになった」との佐佐木幸綱の評があります。

 

さくらよりさくらに歩みつつおもふ悔恨ふかくひとは滅びむ

70代の歌。

あまりにも亡くなった人が多く、自分が生き残ったことを喜ぶどころではないというのが、想像を絶します。

天災はともかく、戦争の惨事の大きさは決して忘れられてはなりません。

けっして再び原爆を使ってはいけないという思いを新たにする8月が今年も巡ってきました。

きょうの日めくり短歌は、竹山広氏の短歌をご紹介しました。

それではまた!

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