柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規の俳句  

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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規の俳句

2020年10月26日

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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規がこの有名な俳句を詠んだのが10月26日とされ、「柿の日」に制定されています。

正岡子規は柿好きだったことで知られており、「柿くへば」の俳句についてと、正岡子規の柿の短歌をあわせてご紹介します。

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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

読み:かきくえば かねがなるなり ほうりゅうじ

作者:正岡子規

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意味の意訳

柿を食べているときちょうど、法隆寺の鐘が鳴った。柿といい、あたりの風景といいすっかり秋なのだなあ。

「柿食へば」は”俳句の代名詞”

この俳句は正岡子規の作品のうち最も有名な句であり、芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」と並んで俳句の代名詞として知られているものです。

なお、正岡子規は、生涯で20万首の俳句を詠んだと言われていますが、その中でもっとも知られているのですから、大変優れた俳句ともいえるでしょう。

「柿食へば」の柿は何柿?

俳句に詠まれている柿の種類は何柿かというと、一説によると、御所柿という柿とも考えられています。

御所柿とは

御所柿とは(ごしょかき)は柿の一品種で、奈良県御所(ごせ)市の柿のことと。

形は扁平でやや四角形の形をしている奈良の柿。現在はほとんど取れないとされている

 

「柿食へば」成立の背景

御所柿とされる理由は、正岡子規の明治34年の文章「くだもの」の中に、下の方な文章があるためです。

宿屋の下女にまだ御所柿は食えまいかというと、もうありますという。余は国を出てから十年ほどの間御所柿を食った事がないので非常に恋しかったから、早速沢山持て来いと命じた。やがて下女は直径一尺五寸もありそうな錦手の大丼鉢どんぶりばちに山の如く柿を盛て来た。さすが柿好きの余も驚いた。それから下女は余のために庖丁を取て柿をむいでくれる様子である。余は柿も食いたいのであるがしかし暫しの間は柿をむいでいる女のややうつむいている顔にほれぼれと見とれていた。(中略)

やがて柿はむけた。余はそれを食うていると彼は更に他の柿をむいでいる。柿も旨い、場所もいい。余はうっとりとしているとボーンという釣鐘の音が一つ聞こえた。彼女は、オヤ初夜が鳴るというてなお柿をむきつづけている。余にはこの初夜というのが非常に珍らしく面白かったのである。あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるという。

 

「柿食へば」の寺は東大寺

この宿に泊まって、そうして柿を食べていると寺の鐘が鳴ったというのはその通りなのですが、その際の寺は、法隆寺ではなく、東大寺であったそうです。

法隆寺は、この翌日に訪問されたといわれていますが、なぜ東大寺でなかったのか。

この辺りには、句としての配慮がはたらいていたといえるべきかもしれません。

いずれにしても、子規のこの俳句で、法隆寺と柿が切っても切り離せないものとして、事実以上に人々に深く記憶されることになったのは間違いないといえます。

柿の日について

10月26日は「柿の日」。 俳人の正岡子規が明治28年(1895年)の10月26日からの奈良旅行で、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」を詠んだとされることから、全国果樹研究連合会カキ部会が柿の販売促進を目的に定めました。

 

きょうの日めくり短歌は、柿の日にちなみ、正岡子規の有名な柿の俳句をご紹介しました。

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