三島由紀夫の事件と代表作品との相関「生のリアリティーの希薄」  

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三島由紀夫の事件と代表作品との相関「生のリアリティーの希薄」

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三島由紀夫の忌日は11月25日、死因は自衛隊の市谷駐屯地での割腹自殺によるものでした。

三島由紀夫の事件とその行動は、今でも大きな謎を残したままです。

三島由紀夫の代表的な作品と事件との関わりを振り返ります。

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三島由紀夫の命日

きょう11月25日は三島由紀夫の亡くなった忌日です。

1970年(昭和45年)11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、総監を監禁、演説ののちに割腹自殺をしました。

三島由紀夫の「楯の会」事件

その時の自衛隊占拠の事件は、警察署の命名は「楯の会自衛隊侵入不法監禁割腹自殺事件」というもので、通称「楯の会」事件と呼ばれています。

事件の概要は、三島由紀夫と三島が結成した学生を集めた団体「楯の会」他のメンバーが、自衛隊に日本刀を持って押し入り、総監を監禁、「殺して自決する」と脅し、負傷者も出ました。

それは三島由紀夫が偉大な文学者であるから、罪を免れるわけではありません。

一緒に行動をした「楯の会」メンバーは懲役4年の判決を受けています。

三島も生きていれば、同じように罪を問われる事件でした

 

三島由紀夫の事件を暗示する作品


花ざかりの森・憂国 (新潮文庫)

三島由紀夫は、それまでいくつかの「国のために死ぬ」主人公が主題の小説を書いていました。

そしてその中には、事件を暗示する作品が多数含まれています。

三島由紀夫の読者であれば、真っ先に思い浮かぶのが、2.26事件の後日談を描いた『憂国』でしょう。

 

三島由紀夫『憂国』との共通点

この主人公は、事件に加われなかったとして、自宅において妻と自決に至ります。

新潮文庫のあとがきには、これを読んで「ポルノ小説かと思った」人がいたというように記されていたと覚えています。

『憂国』から思われるような政治的な話ではなく、濃密なエロスとタナトスとにいろどられた作品といえます。

耽美的な死が主題ですが、タイトルは『憂国』であるとおり、死の理由付けとして国を憂う軍人としての思想が置かれているという内容です。

この小説で割腹自殺という方法は、つぶさに描かれました。夫の死と妻の死、そのどちらもが自殺によるものです。

三島由紀夫の「楯の会事件」の類似と違い

三島の起こした「楯の会事件」と似通っていますが、実際の事件では三島と共に死んだのは楯の会のメンバーであって、家族ではありませんでした。

『憂国』の主人公はいわば、決起の乱の後追い自殺で、主人公の軍人はクーデターには加わっていません。

三島の場合は三島が決起した本人そのものであるところも違っています。

三島由紀夫主演・監督で映画化

なお「憂国」は発表はされませんでしたが、三島由紀夫自身が、主演・監督として映画化されています。

映画の中の一番のメインは、三島の主演する切腹シーンだったと思われますが、それをもってしても、三島が「思想」に重きを置いていたとはとても思えないのです。

 

『豊饒の海』2巻の結末

さらに、三島の最後の長編、遺作となる『豊饒の海』の2巻目、この主人公飯沼勲も、国の大儀のために決起をします。

行ったことは重要人物の暗殺ですが、つかまった後に、主人公が海辺に行って自裁するというのが最後の結末です。

この小説は、このあと3巻で主人公が生まれ変わり、その前に傍観者の本多が主人公と入れ替わります。

主人公飯沼勲の自裁は、ちょうどその真ん中の2巻目の終わりに当たります。

 

三島由紀夫作品の主人公への投影

もし、三島が『憂国』他の作品において、自身を投影できる主人公を2.26事件の首謀者として描いていたらどうだったでしょうか。

三島にとっては、もっとも憧れの深い「決起を起こした張本人として自裁する」ということが、作品に描かれることで三島の心が満たされていたのなら、あるいはこの事件は起きなかっのではないかと思われます。

そう思わせるくらい、三島の事件は作品との共通点が多いのです。

『憂国』『豊饒の海』の終焉

『憂国』では、主人公の軍人は決起のメンバーから漏れます。ここで描かれた自決は、自分の家の中での”遅れた死”としての自殺であって、華々しい軍人としての死ではないのです。

『豊饒の海』では、主人公の飯沼勲の決起は密告によって未遂に終わります。

勲は後に大臣の一人を殺して切腹を遂げますが、ただ一人を殺害しただけにすぎず、それは当初の目的の「国の浄化」ではなかったはずです。

いずれも、未遂に終わった小説の中の出来事を、あたかも三島は現実に遂行しようとしたかのようにも思えます。

しかし、それだけではなく、三島が小説をなぞるのはここまででした。

この小説は全部で4部作、4巻あるのに、主人公である飯沼の死はこの2巻目の終りにあるからです。

豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) (新潮文庫)

 

三島由紀夫の「生のリアリティーの希薄」

三島由紀夫の一連の行動や心境読み解こうとする試みは、これまでに様々に行われてきました。

キーワードの一つとなるものが、「生のリアリティーの希薄」というものです。

生きていて、様々なものや人に接しても、生き生きとした感情が持てないというものです。

三島の父平岡梓が、三島の幼いころに、駅に連れて行って機関車に向かわせ、小さい子どもなら怖がるだろうと思われる場面で、三島は能面のように無表情だったと書いているところがあります。

「本物ではない」作品

このような「生リアリティーの希薄」は、三島由紀夫の小説においても、同様の面が指摘されています。

三島由紀夫にあこがれていたという種村季弘は、「三島の文章は本物ではない」という意味の他からの指摘を記していました。

なかなか説明が難しいのですが、文章も描写も素晴らしい。しかし、それは、三島由紀夫がいわば「知性でこうあるべき」というところを補って書いているからであって、文学作品にあるべき、本当の感情といったものが欠落している印象を与える、そういう指摘であったと思われます。

傍観者という役割

少年の頃に隔離されて育った三島は、塀の穴から隣の家の子どもたちが相撲を取ったりして遊ぶ様子を観察していたといいます。

この、当事者ではない、そこにいる人ではない、傍観者という役割は、三島の小説の中にも登場します。

当事者ではないので、感情を感じているのは、すべて他者が主語ということになるのです。

他者への成り代わりがそのようにして可能だということは、作家として生きる場合は、ひとつの長所とも言えます。

しかし、実人生において、「私」が主語で感情を感じられない、喜びや悲しみがないということは、生きている喜びもそれだけ薄くなってしまいます。

三島はその傍観者としての立場を、さらに進めて、恥ずべき「窃視癖」のある人物として描くのですが、それが「豊饒の海」の本多繁邦です。

傍観する人生から主人公への転換の失敗

弁護士という職業の本多繁邦は、「豊饒の海」の隠れた主人公といえます。

1、2巻においては、彼は主人公ではなく、松枝清顕の白熱の恋、飯沼勲の死をもいとわないという信念を、傍らに居て傍観するという役割です。

死ぬほどの恋愛、死ぬほどの信念、これらは、すべて他人の感情として見ているのが本多です。

そして、そういう意味での「傍観」どころか、本多が窃視癖のある人物として描かれるわけですが、飯沼勲の死の後、本多は主人公の生まれ変わりに気が付き、生まれ変わりの対象を主体的に探し始めます。

つまり、「豊饒の海」の2巻目の飯沼の死は、そのあと続く、3,4巻に本多が主人公となる転換点でもあったのです。

「豊饒の海」の2巻目で終わった三島の生

その後、入れ替わって物語の主人公となった本多は、松枝清顕と飯沼勲、3人目の生まれ変わりのジン・ジャンの死後も生きていたのです。

作品の中での飯沼勲の死が、現実の三島の死に重なるとして、もし、三島がその時点での「死」を回避していれば、自分が主人公である本多の人生に重なる生を歩み始めたかもしれません。

しかし、「豊饒の海」の3巻目、本多が本当の主人公となって展開するはずのこれから先の物語の部分は、三島自身にはありませんでした。

三島はその自らが主人公となる転換点を、なんとしても生きて越えるべきでした。

「豊饒の海」は4巻で完結しましたが、いわば三島が実際に生きたのは、その2巻までであったのです。

三島自身が描いた何度でも生まれ変われる「豊饒の海」の主人公たちのように、4巻の完結まで”物語を紡ぐように”生きればよかったと思うと残念です。

今の時代となれば、長寿社会、80歳、90歳もどうかすると当たり前となってきました。作家としても、45歳というのはいよいよ惜しい。

きょうの忌日に三島を思い出す人は、回顧と共に誰もがそう思うことでしょう。

 

   

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