文学

寺山修司 中城ふみ子を見出した中井英夫 黒鳥忌【日めくり短歌】

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中井英夫の命日12月10日は黒鳥忌と呼ばれています。

中井英夫は幻想文学の作家であり、寺山修司、中城ふみ子をはじめとする歌人を多く見出した短歌誌の編集者でもありました。

きょうの日めくり短歌は、中井英夫についてご紹介します。

中井英夫の命日 黒鳥忌

きょう12月10日は、作家、中井英夫の命日である黒鳥忌です。

「黒鳥忌(こくちょうき)」の名称は、中井が自宅を「黒鳥館」、自身を「黒鳥館主人」と呼んでいたことにちなみます。

12月10日は、中井英夫の代表作である「虚無への供物」が開巻された日でもありました。

この本は、日本推理小説の”三大奇書”とされており、その頃の文学好きな人なら、知らない人はいない作家といえます。

 

短歌誌の編集者だった中井英夫

そのような特異な位置にある作家であった中井英夫が、後に寺山修司を見出した短歌誌の編集者であったというのを知ったときには、たいへん驚きました。

実務をしていた人とは対極のイメージを持つ作家であったためです。

しかし、それは本当のことで、「短歌研究」の編集長を務めていた中井英夫は、中城ふみ子を始め寺山修司、春日井建、塚本邦雄らの新人の歌人の発掘に関わったのです。

 

寺山修司を見出した中井英夫

中城ふみ子と寺山修司は、「短歌研究」に応募された作品から、それぞれ第一回目と第二回目の「新人五十首」として紹介されたものです。

後の寺山に関する中井の文章です。

その年月は、あたかも掌から海へ届くまでの、雫の一たらしほどにもはかない時間といえる。だがこの雫は、決してただの水滴ではなく、もっとも香り高い美酒であり香油でもあって、その一滴がしたたり落ちるが早いか、海はたちまち薔薇いろにけぶり立ち、波は酩酊し、きらめき砕けながら「いと深きもの」の姿を現前させたのだった。---中井英夫

これは、寺山修司が短歌を続けた16年を形容した文章ですが、いかにも幻想文学の美文そのものです。

読んでわかる通り、強烈な美意識が感じられる豪奢な修辞を含む文章ですが、これが、編集者ではない、作家中井英夫のコンセプトとその文体です。

「黒衣の短歌史」を執筆

しかし、編集者としての中井は、短歌の新人発掘に置いては、きわめて実務的に自身の行ったことをさまざまに記しています。

短歌の場合は小説などに比べると、新人の数が少なく、旧歌壇との間で様々な軋轢があったため、あらかじめ様々な配慮がなされたことが、「黒衣の短歌史」や寺山修司の歌集の後書きにもつぶさに記されています。

それと同時に、

まったくの未知の作家の生原稿は、あるときは輝く金貨にも見え、また半日も経つと精巧な贋金にも思えて、これをこそという確信などかけらもなかった

と、今はいずれも有名な歌人となった新人発掘を誇るどころか、謙虚にも見える一文です。

とにかく寺山の歌集のこれらの後書きを読むだけでも、その文体と描写のレベルの高さは、何度読んでも驚かされます。

「中井さんは最後まで作家は文体だといっていて、それは文章のスタイルというよりも現実でどう生きるか、そしてその生の感受がどれだけ文章に投影されているかということ」

「他者のさしだす文章という器でどれだけの豊かさ、いわば美酒を捧げることができるか」
中井英夫―虚実の間に生きた作家 (KAWADE道の手帖)

と語っていた中井英夫ならではの気概を持った文体と言えるでしょう。

きょうの日めくり短歌は、黒鳥忌にちなみ、中井英夫についてご紹介しました。

それではまた!

日めくり短歌一覧はこちらから→日めくり短歌

「黒衣の短歌史」は残念ながら、再販がなくて手に入りにくいですが、「虚無への供物」は新装版が出ています。

「虚無への供物」はたいへん長いので、短編もおすすめです。







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