教科書の短歌

牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ 木下利玄

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牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ 木下利玄の教科書に採録された短歌の現代語訳と品詞分解、句切れと修辞法を解説します。

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牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ

読み:ぼたんかは きさだまりて しずかなり はなのしめたる いちのたしかさ

作者と出典

木下利玄 『一路』

現代語訳と意味

牡丹の花は、咲き盛って揺らぐことなく静まっている。その花の占めている位置の確かなことよ

句切れと表現技法

  • 3句切れ
  • 体言止め

語句と文法

  • 咲き定まる…「咲く」と「定まる」の複合動詞 この歌の独特の語
  • なり…断定の助動詞の終止形 ここで句切れ
  • 占めたる…「たる」は完了の助動詞・基本形「たり」の連用形

 

解説と鑑賞

木下利玄の教科書にも採択されてよく知られる有名な歌。

この歌の解釈のポイントは、2句目の「咲き定まりて」の意味にある

「咲き定まりて」がポイント

「咲き定まりて」は動詞「咲く」と「定まる」を合わせた複合動詞だが、ほとんど見られない表現で、この作者の造語といっていいレベルの語といえる。

この「咲き定まりて」の意味の一つは、牡丹の花が満開であるということ。

これから開くつぼみの時や、まだ、これからどんどん花が開いていくという途中ではなく、もうこれ以上は開かないという花に動きのないところに到達した花の状態を指す。

「咲き定まりて」は以上の花の花期の意味がひとつ、もう一つは、牡丹の花の美しさが極限にあるという点である。

「静かなり」の意味

そのような花の美における「静かなり」の静けさとはなにか。

おそらく、花のかもしだす美の極致に見る人が無言になり、さらにその心が無になるような「静けさ」を言うのだろう。

作者は、ここに美術館の美術品にみられるような類の「美」を感じ取っている。

その補足が、4、5句の後半部分に続くことになる。

一首の後半、「花の占めたる位置」の絵画的構成

「花の占めたる位置の確かさ」においては、作者は絵画的な構図を思っているようだ。

葉や枝のついた花の姿、また、それを活けた花瓶や鉢のバランスを含めて、一枚の絵、または彫刻などの美術品を珍重するように眺めている作者の心性があるだろう。

例えは、牡丹を詠んだ、同時代の古泉千樫の歌は、「甕の中に紅き牡丹の花いちりん妻がおごりの何ぞうれしき」「うつし身のわが病みてより幾日へし牡丹の花の照りのゆたかさ」など、牡丹の花が詠まれていても、歌の主題は、妻の思いやりや自らが病中であるなど、花そのものにあるのではない。

木下利玄の該当歌は、牡丹の花だけを詠い、花そのものの美を表そうとしたものである。

 

木下利玄について

木下利玄(きのしたりげん)本名は利玄(としはる)。

歌人。岡山県生。東大卒。佐佐木信綱の「竹柏会」同人となり歌を学ぶ。同級の武者小路実篤らと『白樺』を創刊、北原白秋・島木赤彦にも影響を受け、歌集『銀』『紅玉』を発表。その後『日光』『不二』同人として作歌を続け、その短歌は彼の歿後高い評価を受けるに至った。大正14年(1925)歿、40才。

木下利玄の短歌の作風と表現技法

口語的発想による清麗な詠風、四四調の破調にも特徴がある。

窪田空穂,島木赤彦らの写実歌風を自らのヒューマニズムにとり入れ、独自の「利玄調」と言われる作風を確立した。







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