時計の針IとIとに来るときするどく君をおもひつめにき 北原白秋の短歌解説  

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時計の針IとIとに来るときするどく君をおもひつめにき 北原白秋の短歌解説

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時計の針IとIとに来(きた)るときするどく君をおもひつめにき  北原白秋の代表短歌作品の現代語訳と句切れ、表現技法について記し ます。

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時計の針IとIとに来るときするどく君をおもひつめにき

読み:とけいのはり いちといちとに きたるとき するどくきみを おもいつめにき

現代語訳と意味

時計の長針と短針が、文字盤の1で二つ重なったのを見ただけでも、心鋭く君を思い詰めたのであったよ

作者と出典

北原白秋 『桐の花』

語句の意味と文法解説

読みは「いち」 文字盤のローマ数字であるだろう
来る 読みは「きたる」 「たる」は完了の助動詞・基本形「たり」の連用形
鋭く こころの状態を形容する 基本形「するどし」

「思い詰めにき」の品詞分解

思い詰め…「思う」「詰む」(文語の基本形)を合わせて複合動詞

に… 完了の助動詞「ぬ」の連用形

き… 過去の助動詞「き」が基本形

句切れと修辞・表現技法

  • 句切れなし
  • 初句は6文字の字余り。
  • 初句の「時計の針」の後には、「の」または「は」の主格の格助詞の省略がある
  • 上句「とき」までが、「思い詰めにき」を修飾する副詞節

解説と鑑賞

北原白秋『桐の花』にある初期の短歌作品。

過ぎ去った恋愛を回顧する歌であるが、まだ恋情が残っている状態ともいえるのは、相手との別れが本意ではなかったためである。

「思い詰めにき」の省略

「思い詰めにき」の目的語は歌の中には記されていないが、あえて補えば「君を」、または回想ということを重視すれば「人を」と補うことができる。

恋愛の歌の背景

この時の北原白秋の恋人は、隣の家に住む人妻、松下俊子であった。

北原白秋と俊子は、後に姦通罪で訴えられて監獄に拘置されることになるが、この作品は監獄を出所以後の回想の歌である。

時刻は深夜1時5分

初句の「夜更けて」から、時計の「IとIとに来るとき」は、深夜のことで、二つの針が重なるのは、時刻が1時5分のことと推測される。

姦通罪で訴えられる時代だったので、歌を詠んだ時は、恋愛を諦めざるを得ず、それゆえ「にき」として、恋愛が終わってしまったように読んでいるが、別れは作者の本意ではなく、恋情はひそかに続いていたとも言えるだろう。

「IとIとに」 Iが2つの意味

「IとIとに来るとき」というのは、抽象的な表現だが、長針と短針を自分と俊子の一対の男女として見ているといえる。

「IとIとに」というのは、文字盤の「1」の文字のことを指すのではあるが、視覚的には、「I」と「I」はこれすなわち、長針と短針を表したものに他ならない。

「ひとしくIに来る時」とか「Iのところに重なりて」などの表現を取らずに、「IとIとに」と表したのは、「I」を二つに繰り返す必要があると作者が感じたためであろう。

「心するどく」の恋愛の心境

「心するどく」は、恋愛中は心が過敏になっており、時計の針の偶然の接近にも、相手を思い出さずにはいられない、そのような、自分の心の状態を客観視した表現である。

「にき」は「いたのだ」という過去のこととなるが、この歌を詠んだ時の作者の心境は、恋愛の代償として社会的な制裁を受けたため、いささか複雑であったと思われる。

むしろ「にき」として、過去のものとして恋情を打ち消したい思いでもあったろう。

なお、秋は後に松下俊子と偶然再会の後に結婚しており、作歌の面からも安定、充実した時期を迎えることになる。

 

北原白秋について

北原白秋 1885-1942

詩人・歌人。名は隆吉。福岡県柳川市生まれ。早稲田大学中退。

象徴的あるいは心象的手法で、新鮮な感覚情緒をのべ、また多くの童謡を作った。

晩年は眼疾で失明したが、病を得てからも歌作や選歌を続けた。歌集「桐の花」「雲母集」他。

―出典:広辞苑他




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