いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規の感動の中心  

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いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規の感動の中心

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いくたびも雪の深さを尋ねけり  教科書掲載の正岡子規の俳句の解説・鑑賞を記します。

作者の感動の中心はどこにあるのかを読み取りましょう。

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いくたびも雪の深さを尋ねけり

読み:いくたびも ゆきのふかさを たずねけり

作者と出典:

正岡子規 『寒山落木』

現代語訳

雪の降った日、いったいどのくらい積もったのかを知りたくて 何度も家の人に聞いてしまったものだよ

切れ字

切れ字「けり」

季語

季語は「雪」 冬の季語

形式

有季定型


 

解説

正岡子規の雪を詠んでよく知られた有名な俳句。

作者の感動の中心

雪が降ったことがうれしくて、その喜びが何度も尋ねるという行為に置きかえて表現されている。

「いくたびも」の初句、結句の詠嘆の助動詞「けり」が作者の感動を表す。

作者は、雪がふったことが「うれしい」とは表さず、自らの行為そのものを描写する「写生」の技法を用いる。

さらに、結句に「けり」をつけることで、自らの感動を意識する形となっている。

この句が詠まれた背景

作者の正岡子規は、カリエスという結核の一種で、起きることや歩行が困難であったので、外の景色を窓から眺めることが唯一の楽しみであった。

ある雪がたくさん降った日、おそらく初雪なのだろう、ガラスからは、雪の瞬く空は見えても地面の様子は見えない。

そのため、子規は自分の看病をして家にいる母や、妹の律に、雪がどのくらい降ったのかを尋ねる。

また、もう少し時間が経つと、もっと積もったのではないかと素直な好奇心で、また、家人に同じことを尋ねないではいられない。

そうしているうちに、かつて歩行がかなった頃の雪景色が作者の脳裏に浮かんでいたに違いない。

変化に乏しい療養生活を送っていた正岡子規にとって、雪という出来事は大きなイベントであったことがうかがえる。

私自身のこの俳句の感想

寝たきりでいた作者が、雪を気にして何度も聞いてしまうというところが面白いと思いました。宮沢賢治にも、妹が「雪を取ってきてください」という詩があったのを思い出しました。




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