教科書の詩

【解説】『汚れつちまつた悲しみに…』中原中也の代表作

『汚れつちまつた悲しみに…』は作者中原中也の有名な代表作の詩です。

教科書にも掲載されているこの詩の意味と表現技法を解説、感想を合わせて記します。

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『汚れつちまつた悲しみに…』とは

『汚れつちまつた悲しみに…』は中原中也の歌集『山羊の歌』に収録された、中也の代表作の一つです。

このタイトルと冒頭の句は、全編を読まずとも知らない人はいないくらい有名です。

以下が詩の全文です。味わいながら読んでみましょう。

※他の教科書の詩の解説は
教科書の詩 教材に掲載される有名な詩一覧

 

『汚れつちまつた悲しみに…』全文

『汚れつちまつた悲しみに…』中原中也

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

 

『汚れつちまった悲しみに…』詩の主題

この詩は中原中也の恋愛の詩です。

「悲しみ」というのは、漠然とした悲しみではなく、恋愛に敗れた悲しみのことです。

作者が自らの心のうちを伝えようとする作者の絶唱といわれています。

この詩の形式と特徴

この詩の構成上の特徴は以下の通り

・4行4連の構成

・七五調

・文語文(旧かなづかい)

なお、この詩の元になるものは、妻マチルドを失ったヴェルレーヌの「巷に雨の降るごとく」。

着想と雰囲気の類似がみられます。

参考:

巷に雨の降るごとく
わが心にも涙降る。
かくも心ににじみ入る
このかなしみは何やらん?-ポール・ヴェルレーヌ「巷に雨の降るごとく」 堀口大學訳

 

他に、「汚れつちまつた」は、新仮名で記せば「汚れっちまった」。

促音を2つ含むが、東京弁を模したもので、中也自身の「汚れちまった」の誤記であるという説があるようです。

 

『汚れつちまつた悲しみに…』の背景

背景にあるのは、中原中也の恋愛の体験です。

中原中也は17歳の時、山口県から東京に引っ越しするのと同時に、長谷川泰子という20歳の女性と一緒に住む同棲を始めます。

ところが、東京へ行くと長谷川泰子は、親友であり、詩の友達でもあった小林秀雄と恋愛関係になり、中也の家から出て行ってしまいます。

東京で知る人もいない作者は一人ぼっちになってしまいます。

作者の思い

その時の作者の思いは、

・失恋の悲痛

・恋人に去られた孤独感

・親友に裏切られたとの思い

・世間的な劣等感

などが、ないまぜになっていたと思われます。



詩の解説

詩を段ごとに詳しく読んでいきます。

1連目の解説と分析

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

「汚れつちまつた悲しみ」とは

「汚れつちまつた悲しみ」の「悲しみ」は、一番は、恋人長谷川泰子に去られたことです。

それ以前に、中也は表向きは大学を受験しようとして東京に出て行ったわけですが、今の言葉でいうと、いつまでも浪人を続けていたということになります。

受験には合格しないまま、親の期待には応えられないでお金だけをせびりながら、親には認められない詩作にふけっていたという事情もあります。

17歳にして女性と同棲したこともほめられたことではありません。

さらに未成年だった中也には飲酒癖があり、酒を飲むと人とトラブルになることも多くあったようです。

「悲しみ」は、恋愛それだけではなく、いまだ身を立てられずにいる自らの定まらなさも含めたこれまでへの反省や深い悔恨も含まれています。

「小雪」の表現

中也の詩には「雪」は他にも多く登場します。

「雪が降る」そして、4行目の「風」と合わせて、悲しみが掻き立てられるときの表現のようです。

作者には、「悲しみ」の視覚化、イメージが、雪であったのではないかと推測できます。

『中原中也 沈黙の音楽』の著者佐々木幹郎氏は、雪は「無音」を導くものであり、

「宿命のように、あるいは不幸をも授ける恩寵のように中也のもとに降りてくる」

とその共通するところを述べています。

 

2連目の解説と分析

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

この詩で誰もが疑問に思うのが「狐の革裘」ですが、狐の毛皮で作った衣服のことです。

「狐の革裘」の意味

辞書だと

こ‐きゅう〔‐キウ〕【狐裘】
キツネのわきの下の白毛皮で作った皮衣。古来珍重された

というものですが、その

狐の毛が雪の塊のようにちぢこまる

というのがこの部分の意味です。

狐裘は大変貴重なもので、そのような大切なものが、汚れた上に雪にちぢんでしまうという残念なさまを歌っているのです。

3連目の解説と分析

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

3段目は、「起承転結」の「転」にあたり、ここで初めて作者が主体として登場すると考えられます。

「なにのぞむなくねがふなく」、「望みも願いもなく、強い倦怠に死ぬことを夢見る」、「悲しみ」が「死」と結びつくほどに強いものであると訴えます。

倦怠の意味は「物事に飽きて嫌になること。飽き飽きすること。」

「倦怠」は本来は「けんたい」との読みですが、「懈怠」という同じ意味の仏教用語には「けだい」の意味があり、この詩は七五調で書かれていますので、字数のために3文字の読みを採用したと思われます。

4連目の解説と分析

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

4段目、これまでは、「汚れつちまつた悲しみは」であったものが、「悲しみに」に変化しています。

どういうことかというと、「悲しみは…このようなものだ」との叙述が、「悲しみによって…このようになる」という主体の側の状態に視点を移しているのです。

悲しみに「怖気(おぢけ)づく」、臆病になる自分、そして「なすところもなく」は、悲しみの感情から抜け出そうとしてもできず、ただその悲しみに身を任せることしかできない。

この詩の帰結は「日は暮れる」ですが、そのような作者の一日の時間の単位が伝わるものとなっています。

最後、「日は暮れる」という以外には何も言っておらず、作者はただ悲しみの象徴ともいうべき雪が降るのを見守っているだけなのです。

 

中原中也の悲しみについて

中原中也の悲しみについては、小林秀雄が下のように記しています。

中原中也の心の中には実に深い悲しみがあって、それは彼自身の手にも余るものであったと私は思っている。彼の驚くべき天資もこれを手なずけるに足りなかった。 -出典:「中原中也の思ひ出」昭和9年『紀元』 小林秀雄著

また「汚れつちまつた悲しみに」についても下のように解説を述べています。

人びとの談笑の中に「悲しい男」が現れ、双方が傷ついた。善意ある人々の心に嫌悪が生まれ、彼のやさしい魂の餡かに怒りが生じた。彼はひとりになり、救いを悔恨のうちに求める。汚れっちまった悲しみに…これが、彼の変わらぬ詩の動機だ、終りのない畳句(ルフラン)だ。-出典:「中原中也の思ひ出」昭和9年『紀元』 小林秀雄著

 

私自身のこの詩の感想

「悲しみ」との言葉は詩に歌われるときには美しいイメージがありますが、それに「汚れつちまった」とつけることで、悲しみだけでなく、詩人の苦しみもうかがえます。刻印のように響く「汚れつちまつた悲しみ」の繰り返しは一度読んだら忘れられません。作者のあこがれとそれゆえに傷つきやすい青春時代の痛みが抒情的に表現されています。

 

中原中也について

中原中也 なかはらちゅうや 詩人

1907年明治40年山口県生まれ 山口県内の山口中学を落第後、京都に転校。長谷川泰子と知り合い上京。1年後泰子と別離。日大予科に入学するも退学。東京外語専修科入学。修了後郷里で遠縁の女性と27歳の時結婚。長男出生するも2年後死亡。神経衰弱で入院。結核性脳膜炎で30歳にて死去。 詩集『山羊の歌』昭和9年。

『山羊の歌』は習作時代のダダイズムの詩から脱却、破滅的な生の倦怠と自意識に耐え、苦悩する魂の放浪を物語る青春譜。フランスの詩人ヴェルレーヌに心酔し、弟子のランボーに擬したため、「日本のランボー」と呼ばれた。『在りし日の歌』は昭和13年没後刊行。―出典:「日本の詩歌」より―出典:「日本の詩歌」年譜より

 




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