季節の短歌

受験と受験生の短歌

受験シーズンに読みたい受験の短歌、寒いさ中の試験はたいへんですが受験生を励ます短歌を集めます。

受験の短歌

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今日はセンター試験の行われる日、毎年真冬に行われるため、天候や健康が受験生の大きな関心事となっています。

今回は51万人が出願したとのことですが、特にコロナ時代の今では周囲の家族や先生もサポートを惜しまず、受験生には本領を発揮していただきたいところです。

受験は大切な人生のイベントの一つ、この記事では受験や試験の短歌を集めてみました。

試される私じゃなくて今までの私を試すセンター試験

作者は松田梨子さん。朝日新聞の投稿歌より。

センター試験に向かう受験生の気持ちが詠まれています。

 

模擬試験第6志望まで書いて私が私じゃなくなっていく

富山市 松田わこさんの朝日新聞投稿歌

今日受験生は志望を六つも書き合格に備えるというのです。

数を重ねるだけ、最初の志望からは遠のいていってしまうというのですね。

 

勉強だけしてればよいと母はいうわれ受験生それ「だけ」は無理

作者は佐藤知寧さん。

勉強は大切だけれども「だけ」の限定に反発ではなく、素直に「無理」という言葉が出てきます。

 

受験生見えなくなるまで見送ってなぜだろうハラハラ泣けてくる

きょうの天声人語欄の短歌。

作者は松田由紀子さん。朝日歌壇の投稿者の方だと思います。

お母様の立場で詠まれた歌ですが、懸命に努力をしている我が子の姿に胸を打たれるものがあるのでしょう。

 

絵馬堂で個人情報書きすぎているよ必死の親心なり

作者は中村玲子さん。

受験シーズンとなって親御さんが絵馬を書いているのを見ているのでしょう。

学校名や名前を書いてしまうのですが、気持ちが伝わるという短歌です。

 

ロッカーと壁のすきまに捨てられた「記述問題対策ノート」

歌人で先生の千葉聡氏の短歌。「全国の3年生に捧げる歌」というのを以前にもご紹介しました。

3年生というのはそのまま受験生。

ノートが捨てられたのは、教科書が変わったのか、あるいは実際の受験が始まったからかもしれません。

コロナ禍の学校生活とその先の受験、今の子どものストレスを見つめた歌集『グラウンドを駆けるモーツァルト』より。

 

私の感動ならず夕刊に「小受験戦士」といふ造語ありたり

作者は斎藤茂吉。1937年作。

上句は「私の考えたものではないが」という意味でしょうか。

「感動ならず」は否定形ながらもちろんそこに作者の「感動」があり、心を動かされたのでしょう。

昭和初期にはこのような「小受験戦士」という言葉があったようなのです。

昔から受験はたいへんなイベントであったことがうかがえます。

 

朝たちて試験に行きし長男ををさなのごとくたまゆらおもふ

斎藤茂吉 『寒雲』より。

長男とは斎藤茂太さん。

後に精神科医になられましたが、試験の時には親の立場で上のように心配していたのでしょう。

 

最後に受験を終えた受験生の短歌をご紹介します。

積み上がる受験参考書やすらかに古紙回収を待っている春

横浜市の小林理央さん。

「やすらかに」は、受験参考書が主語の擬人法なのでしょうが、もちろん作者の気持ちが投影されています。

受験生の皆さま、あともう少しです。

体調に気を付けて、これまでに蓄えた力を発揮できるよう応援しています。




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