内田百閒は、夏目漱石の同僚で友人の作家、随筆家。
有名でよく知られている歌に、太田蜀山人の狂歌「世の中に人の来るこそうるさけれ」をもじった歌があります。
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内田百閒の命日 木蓮忌
きょう4月20日は内田百閒の命日、木蓮忌です。
内田百閒は、俳句を詠んだものもある他、初期には短歌を詠んだともいうのですが、伝わっている有名な歌は何といっても、下の歌でしょう
世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいふものの お前ではなし
読み:よのなかに ひとのくるこそ うるさけれ とはいうものの おまえではなし
一首の意味
意味は、
世の中に何がうるさいといっても、人が訪れてくることほどうるさいことはない。そうといっても、あなたのことではありませんよ。
といったところです。
内田百閒は、これを、玄関先に貼っており、来客は、それを読んでから、家に入ることになっていましたが、さぞ肝を冷やしたに違いありません。
この歌は、元々は、内田百閒が詠んだ短歌ではなくて、太田蜀山人という狂歌作者の作った下の歌です。
世の中に 人の来るこそうるさけれ とはいふものの お前ではなし
そして、内田百閒は、これを蜀山人のもじりですよ、ということがよくわかるように、下のように紙に書いて玄関の扉に張り付けていたそうです。
世の中に 人の来るこそうるさけれ とはいふものの お前ではなし 蜀山人
世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいふものの お前ではなし 亭主
蜀山人の方の意味はというと、下のようになりますね。
世の中に何がうるさいといっても、人が訪れてくることほどうるさいことはない。そうといっても、あなたのことではありませんよ。
この上下の歌は、たった一語の違いです。すなわち
さて、蜀山人と、百閒、どちらの方が、訪問客に対して親切であったでしょうか。
内田百閒の俳句
滾々と水湧き出でぬ海鼠切る
夜寒さの買物に行く近所かな
龍天に昇りしあとの田螺かな
欠伸して鳴る頬骨や秋の風
春霜や箒ににたる庵の主
欠伸して鳴る頬骨や秋の風
犬声の人語に似たる暑さ哉
風光る入江のぽんぽん蒸気かな
麗らかや長居の客の膝頭
龍天に昇りしあとの田螺かな
薫風や本を売りたる銭(ぜに)のかさ
物干しの猿股遠し雲の峰
「内田百鬼園」の「百鬼園」というのは、百閒の号です。
河童忌の庭石暗き雨夜かな
歳々や河童忌戻る夜の道
友人芥川の河童忌を詠んだ俳句。
内田百閒のおすすめの短編作品
内田百閒は、映画『まあだだよ』で、その存在を広く知られるようになりましたが、実は芥川龍之介とは友人で同僚でもありました。
海軍機関学校に芥川が英語教師として勤めていた際に、百閒も芥川の推薦でドイツ語を教える教官となり、その頃のエピソードが図櫃に記されています。
その後は二人とも漱石門として、文壇で活躍。芥川は華々しいデビューを飾りました。
内田百閒は、芥川ほどではありませんが、ひじょうに味のある短編を多く残しています。
私が一番好きなのは『冥土』という作品。亡くなった肉親の声と姿を感じるという不思議なお話なのですが、情にあふれています。
さらに、『件(くだん』は、謎の生物「くだん」についてのファンタジックな掌編です。
飼い猫を主題にした『ノラや』など、身辺の随筆もいずれもこの作者ならではのユーモラスな味わいがあるものが多く、いずれの作品もおすすめするところです。