「木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり」斎藤茂吉『赤光』から主要な代表歌の解説と観賞です。
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※斎藤茂吉の生涯と、折々の代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。
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(読み)きのもとに うめはめばすし おさなづま ひとにさにづらう ときたちにけり
【現代語訳】
梅の木の下で、まだ熟しきっていない梅の実を食べたをさな妻が、酸っぱそうな顔をして、はにかんで赤くなるまでに、時が経って妻も成長したのだなあ。
【出典】
『赤光』明治43年 2をさな妻
【歌の語句】
・酸し・・・「す」し 酸っぱい
・さにづらふ・・・万葉語
・「さにづる」 赤い顔をする 恥ずかしそうなはにかんだ顔をする
【表現技法】
「酸し」は基本形なので、二句切れ。
「妻」のあとには「の」の主格の格助詞が省略されている。
鑑賞と解釈
さまざまに解釈されて話題になった歌。
斎藤茂吉の、「をさな妻」の出てくる歌は、いずれも独特の哀感と情緒とを持っているものが多いとされており、この歌もその一つです。
「梅食めば」の主語の問題
島木赤彦は「おさな妻が庭前の梅の下陰に若い木の実を食う」として「食めば」の主語は妻であると考えたようです。
のちに「茂吉秀歌」を記した塚本邦雄はそれを否定しており、「食めば」の主語は妻ではなく、むしろ作者であるとしています。
おそらく「酸し」で句切れになるので「酸っぱい妻」とはつながらないためのようです。
もっとも塚本は、それをはっきりしないまま味わうのが良いとも考えたようです。
現代語訳は便宜上、つなげて書いてみましたが、皆さんで考えてみてください。
なお、この歌は佐藤佐太郎の「茂吉秀歌」には入っていません。
「をさな妻」の短歌の自註
古泉千樫当ての作者の手紙にこの歌について書いた箇所があります。
作者の自註から類推すると、梅を食べたのは作者本人ということになっています。
また、作者の歌には、木の実を食むという歌は他にもあるので、梅の実を食べたのが作者であるという意図があったのも自然と思われます。
この観点からの解釈も書いておきます。
梅を食べて、作者に起こった「観念の連合作用」というのは、いわゆる作歌のインスピレーションのようなものではなく、「一種不安の気分になった」というもので、梅の味が作者に何かの感情を引き起こしたのだが、自身でもそれがとらえられない、その結果生じた不安であろうと思われます。
梅の実を食べたという主語が作者である場合、まだ青い酸っぱい実の「味」そして、「周囲の関係」というのは、まだ成婚には至らない、その場合のてる子との関係のことでしょう。
相変わらず「をさな妻」はまだ、未来の妻のままであり、それが、酸っぱい梅から想起された。
「人にさにづらう」というのは、作者のことではないが、作者は自分に対しても、そのような仕草を見せる、自分の妻に早くなってほしいという思いがあったのでしょう。
「をさな妻」とはいっても、どうしても「ひとにさにづらう」の妻であるはずの人を傍観する立場でしかない、その時の作者の微妙な立場と心境が「酸っぱい梅」からも推察されるのです。
類歌
さにづらふ少女ごころに酸漿(ほほづき)の籠(こも)らふほどの悲しみを見し
をさな妻をとめとなりて幾百日(いくももか)こよひも最早眠りゐるらむ
次の歌
【現代語訳】
自分の身をいとおしくいたわりながら歩んで帰ってくる夕方の細い道に柿の花が落ちるよ
【出典】
『赤光』明治44年 4うめの雨
【歌の語句】
おのが・・・私の
いとほしむ・・・愛しむ いとおしむ
「も」・・・助詞
【表現技法】
句切れなし
解釈と鑑賞
青山の自宅から巣鴨病院に通勤している帰途の風景だったのだろう。
「この歌は少し感傷的だが、しかも清く健やかでもある。そして変に切実であって、しかも甘美な情調がただよっている。」(佐藤佐太郎「茂吉秀歌上」)
類歌
おのが身しいとほしければかほそ身をあはれがりつつ飯食しにけり
おのが身しいとほしきかなゆふぐれて眼鏡のほこり拭ふなりけり
おのが身はいとほしければ赤かがしも潜みたるなり土の中深く
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