斎藤茂吉 死にたまふ母

斎藤茂吉「死にたまふ母」全作品 現代語訳付き解説と鑑賞 短歌集「赤光」

更新日:

斎藤茂吉 代表作 母の歌 全作品

 

斎藤茂吉の短歌から母を詠んだ歌、「死にたまふ母」全作品59首に訳と解説を添えたものです。
各歌をクリックすると、それぞれの歌の解説の箇所に飛びます。

スポンサーリンク





「死にたまふ母」全作品59首 斎藤茂吉『赤光』より

 

---其の一

ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
白ふぢの垂花(たりはな)ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも
みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん一目見んとぞただにいそげる
うちひさす都の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず
ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり
灯(ともし)あかき都をいでてゆく姿かりそめの旅と人見るらんか
たまゆらに眠りしかなや走りたる汽車ぬちにして眠りしかなや
吾妻(あづま)やまに雪かがやけばみちのくの我が母の國に汽車入りにけり
朝さむみ桑の木の葉に霜ふりて母にちかづく汽車走るなり
沼の上にかぎろふ青き光よりわれの愁(うれへ)の来(こ)むと云ふかや 白龍湖
上(かみ)の山(やま)の停車場に下り若くしていまは鰥夫(やもを)のおとうとを見たり

---其の二

はるばると薬(くすり)をもちて来(こ)しわれを目守(まも)りたまへりわれは子なれば
寄り添へる吾を目守りて言ひたまふ何かいひたまふわれは子なれば
長押(なげし)なる丹(に)ぬりの槍に塵は見ゆ母の邊(べ)の我が朝目(あさめ)には見ゆ
山いづる太陽光(たいやうくわう)を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり
死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほだ)のかはづ天に聞ゆる
桑の香の青くただよふ朝明(あさあけ)に堪へがたければ母呼びにけり
死に近き母が目に寄りをだまきの花咲きたりといひにけるかな
春なればひかり流れてうらがなし今は野(ぬ)のべに蟆子(ぶと)も生(あ)れしか
死に近き母が額(ひたひ)を撫(さす)りつつ涙ながれて居たりけるかな
母が目をしまし離(か)れ来て目守(まも)りたりあな悲しもよ蚕(かふこ)のねむり
我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳足(ちた)らひし母よ
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり
いのちある人あつまりて我が母のいのち死行(しゆ)くを見たり死ゆくを
ひとり来て蚕(かふこ)のへやに立ちたれば我が寂しさは極まりにけり

---其の三

楢若葉(ならわかば)てりひるがへるうつつなに山蚕(やまこ)は青く生(あ)れぬ山蚕は
日のひかり斑(はだ)らに漏りてうら悲し山蚕は未(いま)だ小さかりけり
葬(はふ)り道すかんぼの華(はな)ほほけつつ葬り道べに散りにけらずや
おきな草口あかく咲く野の道に光ながれて我(われ)ら行きつも
わが母を焼かねばならぬ火を持てり天つ空には見るものもなし
星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり
さ夜ふかく母を葬(はふ)りの火を見ればただ赤くもぞ燃えにけるかも
はふり火を守りこよひは更けにけり今夜(こよひ)の天(てん)のいつくしきかも
火を守(も)りてさ夜ふけぬれば弟は現身(うつしみ)のうたかなしく歌ふ
ひた心目守(まも)らんものかほの赤くのぼるけむりのその煙はや
灰のなかに母をひろへり朝日子(あさひこ)ののぼるがなかに母をひろへり
蕗の葉に丁寧にあつめし骨くづもみな骨瓶(こつがめ)に入れしまひけり
うらうらと天(てん)に雲雀は啼きのぼり雪斑(はだ)らなる山に雲ゐず
どくだみも薊(あざみ)の花も燒けゐたり人葬所(ひとはふりど)の天(あめ)明(あ)けぬれば

---其の四

かぎろひの春なりければ木の芽みな吹き出づる山べ行きゆくわれよ
ほのかなる通草(あけび)の花の散るやまに啼く山鳩のこゑの寂しさ
山かげに雉子が啼きたり山かげに湧きづる湯こそかなしかりけれ
酸(すゆ)き湯に身はかなしくも浸(ひた)りゐて空にかがやく光を見たり
ふるさとのわぎへの里にかへり來て白ふぢの花ひでて食ひけ
山かげに消(け)のこる雪のかなしさに笹かき分けて急ぐなりけり
笹原をただかき分けて行き行けど母を尋ねんわれならなくに
火のやまの麓にいづる酸(さん)の湯に一夜(ひとよ)ひたりてかなしみにけり
ほのかなる花の散りにし山のべを霞ながれて行きにけるかも
はるけくも峽(はざま)のやまに燃ゆる火のくれなゐと我(あ)が母と悲しき
山腹にとほく燃ゆる火あかあかと煙はうごくかなしかれども
たらの芽を摘みつつ行けり山かげの道ほそりつつ寂しく行けり
うらうらと天(てん)に雲雀は啼きのぼり雪斑(はだ)らなる山に雲ゐず
寂しさに堪へて分け入る山かげに黒々(くろぐろ)と通草(あけび)の花ちりにけり
見はるかす山腹なだり咲きてゐる辛夷(こぶし)の花はほのかなるかも
蔵王山(ざわうさん)に斑(はだ)ら雪かもかがやくと夕さりくれば岨(そば)ゆきにけり
しみじみと雨降りゐたり山のべの土赤くしてあはれなるかも
遠天(をんてん)を流らふ雲にたまきはる命は無しと云へばかなしき
やま峽(かひ)に日はとつぷりと暮れゆきて今は湯の香(か)の深くただよふ
湯どころに二夜(ふたよ)ねむりて蓴菜(じゆんさい)を食へばさらさらに悲しみにけり
山ゆゑに笹竹の子を食ひにけりははそはの母よははそはの母よ  (五月作)

※ 旧漢字は現在使われている漢字に書き換え、旧かなは原文のまま。
記載されているものは修正または変更を加えることがあります。
誤字につきましては、コメントやメール等で知らせてくださるとありがたく思います。

 

このページの記載の説明

「赤光」は初版と改選版の二つがあります。当ブログの掲載は改選版に拠るものです。

初めて読まれる人にも理解しやすいように、それぞれに現代語訳と、語の説明や文法の品詞分解、注釈等を記しました。

現代語訳については上手に置き換えられていないものもありますが、本来訳文を読むためのものではないので、原作を読み進める手がかりとなさってください。

歌の解釈等は当ブログの管理人まる自身が書いた他、既存の本複数から見逃せない箇所を書き加えました。

また、調べられるものについては、植物などできるだけ写真を示しました。
皆様の鑑賞のお役に立てれば幸いです。

 

「赤光」と「死にたまふ母」について

斎藤茂吉の処女歌集。明治38年(1905年)~大正2年(1913年)の作品を集めて、大正2年(1913年)10月に東雲堂書店から刊行された。茂吉のもっともよく知られる代表的な歌集と言える。初版は834首が収録され、逆年代順の配列だったが、大正10年(1921年)発行の改選版では760首にまで削られ、年代順に改められた。その際改作や推敲が行われたため、初版と改選版の歌は部分的に異なっている。

 

『赤光』の題名と代表作

歌集名の『赤光』は、幼いころから仏教に親しんだ茂吉が、『仏説阿弥陀経』の『地中蓮華大如車輪青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光微妙香潔・・・』の部分からとったもの。
さらに、本歌集の中に頻繁に出てくる赤い色は茂吉のテーマカラーともいえる。

生母を失った際の「死にたまふ母」は『赤光』中の代表作とされる。次いで、恋人との出会いと別れの「おひろ」、伊藤左千夫の逝去の報を詠った「悲報来」も主要な連作となっている。

 

「死にたまふ母」の構成

「死にたまふ母」は其の1から其の4までの4部構成、全59首から成り、構成は以下の通り。

其の1 母の重篤の報を受けて出立し、上山停車場に着くまで
其の2 母の傍で看護と死の看取り
其の3 火葬場行
其の4 蔵王温泉での休息







おすすめ記事



-斎藤茂吉, 死にたまふ母

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.