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母の日に読みたい短歌--母への感謝 献身的な母の姿 子を案じる母 母恋いの短歌 母の挽歌他

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今年も母の日が近づいてきます。花屋のカーネーションを見て、お母さんを思い出す人も多いでしょう。
母の日に読んでいただきたい短歌を、万葉集、近代短歌、現代短歌から集めました。

 

母に感謝を表す短歌

母の日の贈り物に感謝を表す短歌を添えたいという質問を見かけます。歌というのは手紙であった昔に比べ、どちらかというと離れている人を詠むことが多いのです。

そのためか、母その人に直接語りかける歌というのは案外少ないものですが、お母さんを詠んだ歌一首ずつに現代語訳と解説を書き加えてみました。

 

斎藤茂吉の母の短歌

斎藤茂吉の母の短歌といえば、大作の「死にたまふ母」が代表作ですが、これは挽歌であって、母の亡くなってからの歌なのです。

 

母その人を詠んだ歌として思い出されるのは次のような歌です。

 

あが母の吾(あ)を生ましけむうらわかきかなしき力おもはざらめや

意味:母の私を産んでくださったうら若い母のかなしき力を思わないではいられない

 

ははそはの母をおもへば仮初に生れこしわれと豈(あに)おもはめや

意味:母を思えば、この世にたまたま生まれてきた私とはけっして思えないものだ

まだ若い母が懸命に私を産んでくれたことを思うと、自分を大切に生きていきたいという思いに満ちています。

みちのくに病む母上にいささかの胡瓜を送る障りあらすな」にも、作者の母への思いが読み取れるでしょう。

 

五味保義の短歌

わが呼べばかすかに声にいづる母この声につながりしわが五十年  五味保義

意味:私が呼べばかすかな声で答える母よ、この声につながって私の50年がある

盲目となった晩年の母を詠って悲しくも美しい歌の一連にある歌で、斎藤茂吉と同じく、血の絆を詠うものです。
そして今や、目の見えない母に語り掛け、つながるものは声だけであるとの、作者の悲しみも込められています。

 

献身的な母の姿を詠う

子供のために日々献身的な母の姿を詠うことも、そのまま母への感謝につながります。

 

蓑笠に甲(よろ)へる母のいでたちのまぶたを去らず雨の日ごろは  小野興二郎

 

意味:蓑と笠に身を包んで出かけていく母の姿がよみがえって去ることはない。雨の日には

蓑笠は雨合羽の代わりであり、おそらく母上は仕事に行かれたのでしょう。それが作者が長じて雨の日になると思い出されてならないという歌です。

 

皺のばし送られし紙幣夜となればマシン油しみし母の手匂う  岸上大作

意味:皺を伸ばして送られてきた紙幣に夜勤めから帰ってきた母の手にマシン油が匂ったことを思い出す

工場で働く母上から、東京で学業に励む作者に皺を伸ばした紙幣が送られてきます。それに作者は母の手に残る油の匂いを思い出します。
作者は母一人子一人として育ちましたが、作者が後に自殺をするという悲しい別れとなりました。

 

娘(こ)の衣(きぬ)の身丈肩裄そらんじて母います小さき灯(あか)りのやうに  高尾文

意味:娘の着る着物の丈をそらんじている母がいます。小さい灯りであるかのように

昔は着物を手縫いでしたために、何度も作っているとその着丈や袖丈などの数字を、もはや計らずとも母が覚えているということを詠ったものです。
今では手縫いで服を縫うなどということは少なくなりましたが、昔は子供の衣食住すべてをもっと直接に母が負っていたともいえます。

 

朝毎に母は櫛もて病むわれの枕の髪を梳きたまふなり  橋本喜典

 

意味:毎朝母は病気で寝ている私の枕の髪を梳いてくださるのだ

作者は若い頃病臥をしており、母が寝たままの作者の髪を梳く。母の行為をその通りに詠ったものですが、「たまふ」と敬語を使っているところに、母への感謝の気持ちが読み取れます。
その上で事実そのものを詠っただけの方が、かえって作者の感慨を伝えるものとなっています。「枕の髪」が母の切なさをも思わせます。

 

母の字で書かれた我の名を載せて届いておりぬ宅急便は  俵万智

意味:母の字で書かれた私の名を乗せて宅急便が届いていた

母の手書きの字は案外見ることの少ないものです。離れて暮らしているとそうして心づくしのものが送られてくる。離れ住んでいるからこそ作者は母の字を眺める機会があるのです。

母の住む国から降ってくる雪のような淋しさ 東京にいる」も合わせて味わってみてください。

 

子を案じる母を詠う

 

我が母の 袖もち撫でて 我が故(から)に泣きし心を 忘らえぬかも  物部乎刀良(もののべのおとら) 『万葉集』

 

意味:母が私の袖を持って私のために泣いてくれたその心が忘れられないのだよ

万葉集の防人を詠んだ歌の中の一首。遠くに行ってしまう息子を案じて、子の手を取って泣く母の姿を詠んだ歌です。

 

雪道をふみしめ行けば雪原のはてに光りあり母まちおらん 川口美根子

意味:雪道を踏みしめながら歩いていくと、雪原の果てに光のように、母が待っていてくれるだろう

一首がそのまま比喩なのかもしれないし、あるいは作者は雪国に住んだことがあるのかもしれません。
雪の深い道を帰ってくる娘を心配して、帰りを待つ母の姿はまさに光でありましょう。

 

母を恋う短歌

短歌にはその通り「母恋い」「父恋い」と呼ばれる、歌の小さなジャンルがあります。

 

熱病みて林檎を絞る夕べには泣くほどでなく母の恋ひしき  前田益女

意味:熱が出て林檎を絞る夜には、泣くほどではないとはいえ母が恋しく思われる


熱が出るということは、子供ではなくても心細いものです。
自分で林檎を絞っていると、かつてそのように母がしてくれたことを思い出しては、涙が出そうなほど母が恋しく思われる。

 

病気の時には、母はいつでも寄り添っていてくれるという思い、それが何と安心だったことか。

 

母恋ふるそらのまほらにとめどなく湧く秋あかね何とすべけむ  岡野弘彦

意味:空の美しいところに、とめどなく湧くように秋あかねが飛びかう。そのように母を恋しく思う気持ちをどうしたらよかっただろう

岡野弘彦の歌そのものを「母性的」とする評があります。
細やかな内容もさることながら、調べがゆるやかで美しいことが、あるいは母性を思わせるのかもしれません。

 

もういちど生れかはつてわが母にあたま撫でられて大きくなりたし 前川佐美雄

意味:もう一度生まれ変わって、母に頭を撫でられながら大きくなりたいものだ

作者は前衛短歌の人ですが、この歌は何の装飾もなく真っ直ぐに詠まれています。
大きくなってからでは幼い頃のようにはできません。生まれ変わってまた母の手で育てられたい、回帰の気持ちが詠まれています。

 

亡くなった母を恋う挽歌

短歌には万葉集の頃から「挽歌」という一ジャンルがあり、母を恋う歌というのは、亡くなってからのものが、生きている母を詠むよりも数多くあります。

 

鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母みるらむか  窪田空穂

意味:もし鉦を鳴らしながら巡礼となって故郷の信濃の国を巡れば生前のままの母親に巡り会えるだろうか

母の挽歌として、もっとも有名な短歌のひとつです。

「其子等に捕へられむと母が魂(たま)螢と成りて夜を来たるらし 」の母は、亡くなった妻を詠んだ歌ですが、この歌もまた母子の強いつながりを思わせます。

 

天地(あめつち)のいづれの神を祈らばか愛(うつく)し母にまた言(こと)とはむ

大伴部麻与佐(おほともべのまよさ) 『万葉集』 4392

意味:この広い天地のどの神に祈れば、愛しい母とまた言葉を交わすことができるようになるのだろうか


亡くなってしまった母とまた言葉を交わしたい、再会を願う気持ちを詠った歌です。万葉の頃からずっと、母を慕う人の気持ちに変わるところはありません。

 

夢にたつ面影すらになくなりし母よただ思ふ二十五年の今日  津田治子

意味:夢に立つ面影すらなくなってしまった母よ ただ母として思う。25年後の今日は

 

ハンセン病の歌人津田治子は、幼い時に母を亡くしています。長い年月が経って母の姿ももう思い出せないが、ただ母として心に思うという切ない歌です。

 

 

夭死(ようし)せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪白みそむ 馬場あき子

意味:早世した母の微笑みは空に満ちていて、それを見る私は母を越える白髪が生える齢になった

作者の母は若くして亡くなっており、微笑む姿がどんな風だったかもわからない。
作者は空の明るさの中に、あるいは風や水の散らばり、秋の雲などあらゆるものに母を感じ取ろうとします。
その作者も母と同じような、あるいはそれを越える年齢に差し掛かっているのです。

風の記憶水のあられのくさぐさに紛れ入りつつ母は笑まうや」「雲や秋昔ながらの母はいてわれは閻浮の水のみており」も合わせて味わってみてください。

 

特殊な状況の中の母

歌人と母との関係もさまざまです。それぞれの関係は歌の中にも表されています。

 

さむきわが射程のなかにさだまりし屋根の雀は母かもしれぬ 寺山修司

 

寺山の母は性格的に偏向のある人で、寺山は母を大事に思いながらも苦労する場面も多々あったようです

売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を」「母を売る相談すすみゐるらしも土中の芋らふとる真夜中」も寺山らしい脚色がありながら、肉親の愛憎もうかがえます。

 

泣きしのち少しうつけてこの朝寒母は逆縁を受け入れむとす  春日井健

「逆縁」というのは、子供に先立たれることを差します。
作者が癌を宣告されたのちの母を詠ったものです。親にとってはもっともつらいこの定めを、多くの歌に接してきた作者はよく知っていたことでしょう。

 

母を知らぬわれに母無き五十年湖に降る雪降りながら消ゆ   永田和宏

作者の母は作者が3歳の時に亡くなりました。おそらくおぼろげな記憶しかなく、母を知らない私を詠うことが、すなわち母とのつながりを確認することであるのでしょう。

わがうちにのみ母として居給うか無蓋貨車とおく野をよぎりゆく」も合わせて味わってください。

 

眠られぬ母のためわが誦(よ)む童話母の寝入りし後王子死す  岡井隆

作者の母にはいくらか精神的な不調があったらしく、本当に童話を読まないまでも医師でもある作者は、母の不調にいろいろな配慮をしたものでしょう。

比喩的な意味で、お話の中の死は母に童話を読んでいる時には表れてはこず、母が眠った後で王子の死を一人抱える作者。その孤独と断絶を詠って鮮烈な印象のある一首です。

まとめ

母との関係を詠むことは作者の人生を詠うことでもあるといっても言い過ぎではないでしょう。
母の日にこれらの歌を添えてもいいですが、お母さんのことは子供でなければ他の人ではわからないことがたくさんあります。

母が子を、子供が母を思う気持ちは誰にでもある普遍的なものですが、あなたのお母さんを思う人は、子どもであるあなた一人なのです。

それは他の歌、それがどんな優れた歌であっても、代弁することはできません。

なので、下手でもいいので、ぜひご自分でもお母さんを詠まれた短歌、あるいはお手紙や短い言葉だけでも書いて贈り物に添えてみてくださいね。それがいちばん、お母さんに喜ばれることと思います。

 







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