アララギ

垂乳根の母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども 長塚節

垂乳根の母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

長塚節の有名な「たらちね」の使われている短歌、歌の中の語や文法、句切れや表現技法と共に、歌の解釈・解説を記しながら鑑賞します。

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垂乳根の母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

長塚節自筆の句碑

読み:
たらちねの ははがつりたる あおがやを すがしといねつ たるみたれども

作者と出典

長塚節「鍼の如く 其の2」

意味:

母が吊ってくれた青い蚊帳、その中にすがすがしいと寝た。たるんでいたけれども。

 

句切れと表現技法

・4句切れ

・倒置

音韻の工夫

この歌には下のような音韻の工夫がみられる

・「たらちね」「たるみたれども」の「た」音の反復

・「たらちね」「つりたる」「たるみたれ」の「たら・つり・たる・たる・たれ」の「タ行+ラ行」の羅列

なお長塚節の歌は他の歌にも同様の配慮を含むものが多い。

語と文法

語と文法について解説します。

「垂乳根の」

「垂乳根(たらちね)の」は「母」を導き出すための枕詞 「たらちね」として母の代名詞として用いることもある。

漢字の「垂乳根」とひらがなの「たらちね」の両方があるが、この歌の表記は漢字の「垂乳根」が用いられている。

※「たらちね」の枕詞については
「たらちね」の意味と垂乳根 の枕詞を用いた短歌の用例 万葉集他

※枕詞については
枕詞とは 主要20の意味と和歌の用例

「いねつ」

漢字で書くと「い寝つ」

「いねつ」の「い」は接頭語。

「寝つ」

基本形は「寝ぬ」。それに過去の助動詞「つ」がついて「寝た」の意味

たるみたれども

・たるむの連用形+「たり」存続の助動詞

・「ども」は逆接の確定条件の接続助詞「…いたけれども」の意味

 



解説

長塚節の母を詠んだ有名な歌。

作者の思いと主題

結核で入院した作者が、病院から退院して帰宅後、母の用意してくれた蚊帳に眠る気持ちが詠われています。

病を得た作者が母への思慕を控えめながら表現した優れた短歌といえます。

この短歌の詞書

この歌には、下のような詞書があります。

病院の一室にこもりける程は心に悩むことおおくいできて(自らも)まなこのくぼむばかりなればいまは只よそに紛らさむことを求むる外にせん術もなく五月三十日というに雨いたく降りてわびしかりけれどもおして帰京す

 

「垂乳根の」枕詞の意味するもの

「垂乳根の」は母を表すための枕詞で、万葉集でも使われていますが、近代短歌においては、「たらちね」はややあらたまったシーンで母を詠むときに使われていることが多い気がします。

この歌はごく普通の日常の一場面ですが、単に「母」とせずに「たらちねの」とすることで、作者と母との結びつきを強く感じます。

蚊帳とは

蚊帳というのは、下が空いた大きな四角い網の袋のようなものです。

網戸のなかった昔は夏は就寝中に蚊に悩まされないように蚊帳をつって寝たのですが、色は青い色の蚊帳が多く、「青蚊帳」と呼ばれました。

さらっとした風合いの素材の編み地で、いかにも夏らしく涼しげですがすがしい。

病院から帰ってきた後の作者にとっては、余計にそう思われたのでしょう。

また、自宅に帰ってきて身近な母の世話を受けることに大きな安らぎを覚えていたとも思います。

また、蚊帳の動詞は「吊る」であり、その4隅と要所を部屋の角にひっかけて張り巡らせて人はその中に入って就寝しました。

人が一人入れるくらい大きなものですので、ピンと張るには力が要ります。

年を取って背も小さいお母さんであるので、力を入れて引っ張ることができない。

なので、蚊帳が少したるんでいることを、「たるみたれども」と最後に倒置の語順で付けており、いかにもお母さんが吊ったものだということを表してもいます。

結句の倒置の効果

「すがしといねつ」で明確な句切れとおのずから休止が入ります。

そのあとに「たるみたれども」と付け加えたような倒置の結句「ども」に余韻があります。

この「ども」は譲歩を表しており、本当はぴんと張ったものがいいのだが、それを容認する暖かな母への情愛があるのです。

4、5句をぎゃくにおいたところで、このような効果が得られていることがわかります。

一連の続きの蚊帳の歌

一連の他の蚊帳の歌は下の通り

小さなる蚊帳もこそよきしめやかに雨を聴きつゝやがて眠らむ

(訳:小さな蚊帳もよいものだ。静かに雨を聞きながらやがて眠ろう)

蚊帳の外に蚊の声きかずなりし時けうとく我は眠りたるらむ

(訳:蚊帳の外に蚊の声が聞こえなくなった時、気持ちよく私は眠ってしまったのだろう)

廚なるながしのもとに二つ居て蛙鳴く夜を蚊帳釣りにけり

(訳:台所の流しの下に二匹の蛙が鳴くこの夜は蚊帳を吊ったのであったなあ)

 

長塚節はどんな歌人

長塚節は生涯結婚せずに、父が亡くなった後は母と二人暮らしをして家業を守りながら、「アララギ」の歌人として歌作を続けました。

明治44年(1911)12月に喉頭結核の診断を下され、一時婚約をしていた黒田てる子とやむなく婚約を解消します。

その頃の入院中の歌においては、黒田への思慕と並んで下に示すように母を詠んだ一連の歌があります。

当時の結核は重い病であり、かかった人は死を意識せざるを得ませんでした。

病院からの帰宅後、母の心づくしの蚊帳に、あたかも母に包まれるように病の身を横たえた時、節はどんなにか安心したことでしょう。

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長塚節の代表歌の句碑

茨城県常総市の常総市地域交流センターには、長塚節のこの歌の句碑があります。

豊田城をかたどって作られたお城の形の建物です。

常総市地域交流センター 豊田城

この1階と6階に長塚節の展示物があります。

2階の図書館では、長塚節関連の本も閲覧できます。

展望台からの眺めも大変すばらしいところです。

常総市地域交流センターの場所

〒300-2706 茨城県常総市新石下2010

長塚節の伝記小説

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