伊藤左千夫

伊藤左千夫短歌代表作品100首 テキストのみ解説なし

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伊藤左千夫の短歌代表作品100首を掲載します。選は小市巳世司によるものです。

こちらのページは短歌テキストのみ、解説なしです。

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伊藤左千夫について

伊藤左千夫は小説『野菊の墓』で良く知られていますが、小説を書く以前より、アララギ派の主要な歌人でありました。

短歌の他、万葉集に倣って長歌をたくさん作り、また、正岡子規の考え方を継承した初期のアララギを率いて、斎藤茂吉、土屋文明などの著名な後進をも育てました。

伊藤左千夫他アララギの歌人について:
アララギの歌人 正岡子規 伊藤左千夫 長塚節 斎藤茂吉 島木赤彦 古泉千樫 中村憲吉

伊藤左千夫100首

牛飼いが歌読む時に世の中のあたらしき歌大いに起る(明33牛飼)

葺きかへし藁の檐端(のきば)の鍬鎌にしめ縄かけて年ほぎにけり(新年雑詠)

かつしかや市川あたり松を多み松の林の中に寺あり (森)

元(げん)の使者既に斬られて鎌倉の山の草木も鳴り震ひけん  (鎌倉懐古)

うからやから皆にがしやりて独居(ひとりを)る水(み)づく庵(いほり)に鳴くきりぎりす  (水中の蟋蟀)

亀井戸の藤もをはりと雨の日をからかささしてひとり見にこし(明34藤)

池水は濁りににごり藤浪の影もうつらず雨ふりしきる  

ともし火のまおもに立てる紅(くれなゐ)の牡丹のはなに雨かかる見る  (雨夜の牡丹)

ふる雨にしとどぬれたるくれなゐの牡丹の花のおもふすあはれ 

吾が大人(うし)が病おもへば月も虫もはちすの花もなべて悲しき(何事につけても正岡大人をおもふ)

鎌倉の大き仏は青空をみかさときつつ万代(よろづよ)までに  (明35鎌倉なる大仏をろがみて詠める短歌)

みもすそみ手をふりしかば全(また)き身の血汐し澄める心地しにけり

敷妙(しきたへ)の枕によりて病伏せる君がおもかげ眼(め)を去らず見ゆ  (子規子百日忌)

軒の端(は)に立てる蚊柱水うてば松のこぬれにたち移るかも(明36吾庭の松)

茶を好む歌人(うたびと)左千夫冬ごもり楽焼を造り歌はつくらず(明37冬籠)

国こぞり心一つと奮ひたつ軍(いくさ)の前に火も水もなし  (開戦の歌)

大詔(おおみこと)かしこかれどもまぐはしき絵の腕(かひな)ある君を悲しむ  (素明画伯の出征を送る)

出入(いでい)りの瀬戸川橋の両側(ふたがわ)に秋海棠は花多く持てり(秋海棠)

百草(ももくさ)のなべての上に丈高き秀蓼(ほたで)の花も見るべかりけり (寺島の百花園)

東(ひむがし)に天地(あめつち)開く国力つからは展(の)びて年明けにけり (明38明治三十八年元寿歌)

天地(あめつち)に神にありとふ否をかもいくさのやまむ時の知らなく (喜中有罪)

炉(ろ)に近く梅の鉢置けば釜の煮ゆる煙が掛かる其の梅が枝(え)に(無一塵庵歌帖)

朝戸出に幼きものを携へて若葉槐(わかばゑんじゅ)の下きよめすも(草庵の若葉)

秋立つと思ふばかりを吾が宿の垣の野菊は早咲きにけり (小園秋来)

手弱女(たわやめ)の心の色をにほふらむ野菊はもとな花咲きにけり  

山の手は初霜置くと聞きしより十日を経たり今朝の朝霜 (初冬雑詠)

塵塚の燃ゆる煙の目に立ちて寒しこのごろ朝々の霜 

妻よりも名よりも先に黄金(こがね)つふ大き聖をかくまへ吾が背(無一塵庵歌帖)

さ夜ふけの空のしらしら霜白き月夜(つくよ)入江を人渡る見ゆ(静といふ題にて)

世の中の愚(おろか)が一人楽焼の茶碗を見ては涙こぼすも  (明39無一塵庵歌帖)

久々に家帰り見て故さとの今見る目には岡も河もよし (成東館即事)

蓼科の山の奥がと思ひしをこは花の原天(あま)つ国原 (蓼科游草)

天の原くしき花のみさはにして吾が知る花に少なかりけり 

朝湯あみて広き尾のへに出でて見れば今日は雲なし立科(たてしな)の山

牛飼の歌人(うたびと)左千夫がおもなりをじやぼんに似ぬと誰か云ひたる (明40じゃぼん)

天然に色は似ずとも君が絵は君が色にて似なくともよし (勾玉日記)

竪川(たてかは)に牛飼ふ家や楓(かへで)萌え木蓮咲き児牛遊べり  

桜ちる月の上野をゆきかへり恋ひ通ひしも六(む)とせ経にけり 

石踏みてあよむは苦し肉太(ししふと)の吾がゆく道に石なくもがな  

柿若葉ゑんじゅ若葉のゆふやみに鳴くはよしきり声近くして

玉川の雨の青葉のここにしてくれなゐ濡れたる桃の実を売る  (桃の玉川)

九十九里の磯のたひらはあめ地(つち)の四方(よも)の寄合(よりあひ)に雲たむろせり (磯の月草)

ひさかたの天(あめ)の八隅(やすみ)に雲しづみ我が居る磯に舟かへり来る 

幼きをふたりつれたち月草の磯辺をくれば雲夕焼けす

水やなほ増すやいなやと軒の戸に目印しつつ胸安からず (水籠十首)

物皆の動(うごき)をとぢし水の夜やいや寒む寒むに秋の虫鳴く 

冬ごもる明るき庵(いほ)に物も置かず勾玉一つ赤き勾玉 (明41冬籠)

白玉の憂ひをつつむ恋人がただうやうやし物もいはなく  (玉の歌)

愚(おろか)我が人憎くまむと嘆けども悲しき我れや我(が)を去りがたし (一日なりとも)

松山を幾重さきなる天つへに雪まだらなり黒姫の山 (黒姫山)

風さやぐ槐(ゑんじゅ)の空にうち仰ぎ限りなき星の齢(よはひ)をぞおもふ (心の動き)

天地のなしのまにまに鳴く虫や咲く百草(ももくさ)や弥陀を知るらむ 

うつそみの八十国原(やそくにはら)の夜の上に光乏(とも)しく月傾きぬ  

よき日には庭にゆさぶり雨の日は家とよもして児等が遊ぶも  (心の動き)

燈火(ともしび)のほやにうづまくねたみ風ねたむことわりなきにしもあらず 

汽車のくる重き地響きに家鳴り(やな)りどよもす秋のひるすぎ 

秋の野に花をめでつつ手折(たを)るにも迷ふことあり人といふもの  

差並(さしなみ)のとなりの人の置き去りし猫が子を産む吾が家を家に 

夜深く唐辛子煮る静けさや引窓の空に星の飛ぶ見ゆ 

翁我れ耳の遠けくたける等(ら)が山ゆる声も虻と聞き居り

秋草のしげき思ひも云ひがてにまつはる露を手に振りおとす

世にありと思ふ心に負ひ持てる重き荷を置く時近づきぬ  (明42題詠)

人の住む国辺(くにべ)を出でて白波が大地両分けしはてに来にけり  (二月二十八日九十九里浜に遊びて)

天地(あめつち)の四方(よも)の寄合(よりあひ)を垣にせる九十九里の浜に玉拾ひ居り 

高山も低山もなき地の果ては見る目の前に天(あま)し垂れたり 

あたたかき心こもれるふみ持ちて人思ひ居(を)れば鶯の鳴く  (三月六日独鶯を聞く)

朝もやに鳴くや鶯人ながら我常世辺(とこよべ)に家居せりけり 

そば湯にし身内あたためて書き物を今一(ひと)いきと筆はげますも  (東京三月歌会)

秋風の浅間のやどり朝露に天(あめ)の門(と)ひらく乗鞍の山(信州数日)

思ふにし心悲しも夜(よ)を清み月に向へる草の上のつゆ 

朝露のわがこひ来れば山祗(やまつみ)のお花畑は雲垣もなく  

久方の天(あめ)の遥けく朗(ほがら)かに山晴れたり花原の上に

信濃には八十(やそ)の高山ありと云へど女(め)の神山の蓼科我れは 

吾が庵(いほ)をいづくにせんと思ひつつ見つつもとほる天(あめの花原  (信州数日)

淋しさの極みに堪へて天地に寄する命をつくづくと思ふ  

おくつきの幼なみ魂(たま)を慰めんよすがと植うるけいとぎの花  (吾児のおくつき)

数へ年の三(み)つにありしを飯の蓆(むしろ)身を片よせて姉にゆづりき  

禍(わざわひ)の池はうづめて無しと云へど浮藻のみだれ目を去らずあり(明43浮藻)

今日の日の夕ぐれ時と思ひくればつめたきからのありありと見ゆ 

水害の疲れを病みて夢もただ其の禍ひの夜の騒ぎはなれず  (水害の疲れ)

水害ののがれを未だ帰り得ず仮住の家に秋寒くなりぬ

四方(よも)の河溢れ開けばもろもろのさけびは立ちぬ闇の夜の中に  

霜月の冬とふ此のごろただ曇り今日もくもれり思ふこと多し(明44冬のくもり)

我がやどの軒の高葦霜枯れてくもりに立てり葉の音もせず 

独居(ひとりゐ)のものこほしきに寒きくもり低く垂れ来て我が家つつめり  

裏戸出でて見る物もなし寒む寒むと曇る日傾く枯葦の上に 

久方の三ヶ月の湖(うみ)ゆう暮れて富士の裾原雲しづまれり  (三ヶ月湖にて)

よわよわしくうすき光の汝(な)がみたま幽(かす)かに物み触れて消(け)にけり (明45招魂歌)

おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く  (大1ほろびの光)

鶏頭のやや立ち乱れ今朝の露のつめたきまでに園さびにけり

秋草のしどろが端にものものしく生きを栄ゆるつはぶきの花

鶏頭の紅(べに)古りて来(こ)し秋の末や我れ四十九の年行かんとす 

今朝のあさの露ひやびやと秋草やすべて幽(かそ)けき寂滅(ほろび)の光  

おとろへし蝿の一つが力なく障子に這ひて日は静かなり (大2静なる日)

物忘れしたる思ひに心づきぬ汽車工場は今日休みなり

民を富ます事を思はぬ人々が国守るちふさかしらを説く (何の文明)

まづしきに堪へつつ生くるなど思ひ春寒き朝を小庭(さには)掃くなり (小天地)

世にあらん生きのたづきのひまをもとめ雨の青葉に一(ひ)と日こもれり(ゆづり葉の若葉)

ゆづり葉の葉ひろ青葉に雨そそぎ栄ゆるみどり庭にたらへり

みづみづしき茎のくれなゐ葉のみどりゆづり葉汝(な)れは恋のあらはれ

-伊藤左千夫

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