詩歌

私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ『耳』コクトーの原文と堀口大學の詩

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「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」は、訳詩のタイトルは「耳」、堀口大學の訳により、コクトーの名作として知られています。

堀口大學自身の詩には、幼くして死に別れた母への思慕をうたう、「母の声」という美しい詩がありますが、「私の耳は貝の殻」と同じくと同じく、声を”聴く”共通のキーワードとしての「耳」の言葉があります。

堀口大學の訳詩「耳」の「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」を鑑賞します。

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私の耳は貝の殻「耳」

堀口大學の有名な訳詩、日本語の訳詩の題名は「耳」というものです。

 「耳」

「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」

これは、堀口大學が訳したコクトーの短い一行詩です。

コクトーはフランス人ですので、原文はフランス語で書かれています。英語ではありません。

原語は下の通り、原語のタイトル、詩の元々のタイトルは、「カンヌ5」というものでした。

「耳」フランス語の原語

Cannes V

Mon oreille est un coquillage. Qui aime le bruit de la mer.

海、mer「メール」はフランス語では母≪mère≫と 綴りは違いますが、音韻は同じ音です。

日本語の発音では、どちらかというと「メール」の「ル」は「フ」に近い音で聞こえますが、フランス語ではどちらも同じ読み方です。

そして、日本語では、漢字の「海」の中にも「母」が含まれてもいることはよく言われます。

「母なる海」という言葉もあるように、フランス語を理解しない人でも、海と母とのつながりがおのずから思い出されてくるでしょう。

「aimer」は、英語のloveに当たる、通常「愛する」と訳される単語ですが、原文では現在形です。

訳では、それを「なつかしむ」と訳すことで、ストレートではない、柔らかい表現に置き換えられており、さらに時間のへだたりを含む言葉でもあるために、ここでの海が過ぎ去った夏の思い出を回顧するという意味にまで広げられていくのです。

「短詩の賞嘆すべきレユシット」堀口大學

堀口大學は、訳者自らこの詩について

「建築術のいわゆるせりもちの方法で構成された短詩の賞嘆すべきレユシットだ」

と述べています。『レユシット réussite』とは“ 成功 ”という意味のフランス語なので、ここでは、コクトーの成功作ということでしょう。

「耳・貝殻・海の響き」視覚と聴覚

堀口大學がこの詩を賞嘆する内容は次のようなところにあるでしょう。

「私の耳は貝の殻」は、この詩を読む人に、必然的に耳と貝殻の視覚的な連想を呼び起こします。

続く、「海の響き」で、さらに、貝殻は、さらに、海への視覚的につながってくと同時に、「響き」で、連想は「耳」の形象の視覚のみならず聴覚へと移っていきます。

耳から貝殻へ、貝殻から海へ、海から浪の響きへ、視覚と聴覚で二重三重に重なりながら広がっていく豊かなイメージーー―堀口はこの詩の神髄を見事に訳しおおせ、それが今、日本語の詩かと思われるほど、日本で最も愛されるコクトーの詩句となって、私たちの記憶に刻まれるものとなってきたのです。

「耳」から堀口大學の自作の詩

そして堀口大學自身が、自作の詩においても、この「耳」のイメージを広げていったものがあります。

『夏の思い出』 堀口大學

一つは「夏の思い出」。

夏の思い出 堀口大學

貝がらに、海の響が残るように、私の耳の奥に、彼女(ひと)の声が残って、
アドヴァンテエジと叫び、ジュウス、アゲンと呼ぶ。

十六ミリに、過ぎた日の仕草が残るように、
私の目の奥に、その夏の身振りが残って、
ヨットのように傾いた、白いあなたが見え、
行き来するボオルが見える。

貝がらの海の響のように、
十六ミリの過ぎた日の仕草のように、
私の耳に、その夏の声が残り、
私の瞳に、その夏の身振りが残る。

『耳』と同じモチーフ、「貝がら」「海の響」「耳」が使われており、さらに、題名は「夏の思い出」。

そして、視覚と聴覚をふんだんに並べているところから、これはコクトーの『耳』を、自分の捕らえたように、詩に表現されたものだとわかります。

『母の声』堀口大學

そしてもう一つが、『母の声』です。

母の声

――母は四つの僕を残して世を去った。
若く美しい母だったそうです。――

母よ
僕は尋ねる
耳の奥に残るあなたの声を
あなたが世に在られた最後の日
幼い僕を呼ばれたであろうその最後の声を
三半規管よ
耳の奥に住む巻き貝よ
母のいまはのその声を返へせ

 

コクトーの訳詩の『耳』のモチーフの延長ではあっても、これはかつて聞いた「響きをなつかしむ」思い出のたぐいのものではありません。

「耳」はここでは、私にあるべきだったものとしての対象である母の声を媒介するものとしての耳であり、しかも、思い出としての回顧ではなく、あるべきだったその時間を取り戻すかのように、攻撃的なまでに訴えかける対象として登場しているのが「耳」です。

さらに、外形としての耳ではなく、作者は「三半規管」として、母への思いをいまだに身に食い入って離れることがない、身体化した思慕として表現しています。

これもまた、コクトーの『耳』の原詩が訳者堀口大學に与えた言葉であり、訳詩がもたらしたレユシットの一つなのでしょう。

この『母の声』については、下の記事にもありますので併せてお読みください。

堀口大學 ほりぐちだいがく 経歴

1892年東京生まれ。1981年没。詩人、翻訳家、フランス文学者。東京本郷生まれ。名前は本名で、父親が東大生でかつ東大の赤門近くで生まれたので名付けた。

幼少期は新潟県長岡市で過ごした。慶應義塾大文学部仏文科中退。佐藤春夫とは大学時代からの親友。19歳から33歳にかけて海外で暮らした。

ブラジルにいた大正8年に創作詩集「月光とピエロ」を出し、大正14年には近現代のフランス詩を翻訳した訳詩集「月下の一群」で日本の文壇に新風を吹き込んだ。

アポリネールの名詩「ミラボー橋」など甘美な作風は、中原中也や三好達治など当時の若い文学者たちに多大な影響を与え、日本現代詩の発展に貢献した。

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