これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸【百人一首10】  

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これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸【百人一首10】

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これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

蝉丸の百人一首の有名な和歌、代表的な短歌作品の現代語訳と句切れと語句を解説、鑑賞します。

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これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

読み:これやこの いくもかえるも わかれては しるもしらぬも おうさかのせき

作者と出典

蝉丸

・百人一首の10番目の歌
・後撰集 15-1089

現代語訳と意味

これがまあ、京を出て東へ行く人も都に帰る人も、そして知っている人も知らない人も、別れては会うという逢坂の関なのだなあ

句切れ

句切れなし

語と文法

・これやこの・・・意味は「これがあの」と同じ

・行くも帰るも・・・「行く人も帰る人も」の意味で「人」が省略されている。そのあとの「知るも知らぬも」も同じ

・逢坂の関・・・逢坂山にあった関所のこと

対句と掛詞の表現技法

・逢坂の関・・・「逢坂」と人が「逢う」の動詞の掛詞

・「行くも帰るも」と「知るも知らぬも」は対句の技法




解説と鑑賞

この和歌の作者、蝉丸は、京都と東北の国々との境界逢阪の関の近くに庵を結び、関所を行き交う人々の姿に流離無情を感得しながら過ごしたといわれます。

この歌は、関所をめぐって離合集散する人の描写が巧みに表されています。

 

「会者定離」の哀感

その実際の実際の人々の姿に重ねて、生ある者は必ず滅び、会うものは必ず離れるという「会者定離」の実相を選んだ歌として解釈され、そのため、哀感を漂わせる秀歌として知られているのです。

表現技法としては、初句に置かれる「これやこの」の「こ」の音の弾んだ重なりが、関の活気を暗示します。

対句の技法

それが「行くも帰るも」「知るも知らぬも」の対句によってさらに広げられていきます。

そして、「行く」「帰る」「知る」「知らぬ」と動詞が続くことで、それぞれその主語となる人の多さも示されています。

一首の音調

そのように整えられた、人の多さと動きのある浮かれた調子を「逢坂の関」と「さか」「せき」とサ行とカ行の連続する歯切れのよい名詞の体言止めで、一首をきりっと引き締めて終えているのも印象に残ります。

歌の調子が整えられているところが、この歌のポイントの一つでもあります。

百人一首を作成した藤原定家は、自らも藤原氏の衰退をこの歌に重ねたとも言われています。

また定家でなくても、誰にでも伝わるものがある作品です。

蝉丸について

生没年未詳 10世紀ごろの人で、逢坂山に庵を設け、琵琶の名手であったという伝説がある。

盲目の隠者と伝えられているが、複数の人物であったという説もあり、詳細は謎となっている。

蝉丸の他の和歌

秋風になびく浅茅の末ごとにおく白露のあはれ世の中(新古1850)
世の中はとてもかくても同じこと宮もわら屋もはてしなければ(新古1851)
逢坂の関の嵐のはげしきにしひてぞゐたるよを過ぎむとて(続古今1725)

逢坂山の場所

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