斎藤茂吉 日めくり短歌

木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり【日めくり短歌】

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梅雨にちなんで梅の短歌と言えば、梅花の歌がまだ記憶に新しいですが、今日の日めくり短歌は梅の花ではなくて、梅の実の方、それもまだ青い酸っぱい梅を詠んだ斎藤茂吉の短歌をご紹介します。

梅と幼い妻とがどうつながるのでしょうか。作者の思いを想像してみてくださいね。

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木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり

読み:きのもとに うめはめばすし をさなづま ひとにさにづらう ときたちにけり

作者は、斎藤茂吉。最初の歌集『赤光』の中でも、よく知られている作品です。

「さにづらう」というのは、「赤くなる」の意味で、幼い妻が、「赤くなる」、そのなんとも愛らしい仕草を詠んだものです。

歌の意味

様々な解釈が成り立つ歌ですが、ここでは、一首の意味は、

「梅の木の下で、まだ熟しきっていない梅の実を食べたをさな妻が、酸っぱそうな顔をして、はにかんで赤くなるまでに、時が経って妻も成長したのだなあ」

をあげておきます。

日めくり短歌一覧はこちらから→日めくり短歌

「をさな妻」てる子を詠んだ短歌

歌の中の「をさな妻」というのは、斎藤茂吉の婚約者。

茂吉が斎藤家に婿養子に入った時は、14歳、てる子は、その時12歳下ですので、若干2歳だったことになります。

明治43年には茂吉は東大を卒業して医師になりますが、てる子の成長を待って結婚をしようということになっていました。

幼な妻の成長

茂吉が来た頃は、幼な妻というより、ほんの子どもだった妻が、少女となり大人になって、はにかんだ様子を見せる。

その妻を大切に思い、いとおしむ作者の心情が、未成熟な梅に重なるのは、青梅が、まだ若い「をさな妻」に通じるものがあるためでしょうか。

梅はやがて自然と成熟をする。をさな妻の成長を長い長い間見守ってきた作者茂吉の「時たちにけり」には、歌の文字で見る以上の強い感慨がこもっています。

この歌について詳しくは下の記事に
木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり/斎藤茂吉「赤光」代表作短歌

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