磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
柿本人麻呂の遣唐使を送る際に、「言霊」を詠って無事を祈る万葉集の代表的な短歌作品の現代語訳、句切れや語句、品詞分解を解説します。
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磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸さきくありこそ
読み:しきしまの やまとのくには ことだまの たすくるくにぞ まさきくありこそ
作者と出典
柿本人麻呂 巻13・3254
現代語訳
しきしまのやまとの国は言葉の霊力が物事をよい方向へ動かしてくれる国です、どうか私が言葉で申し上げることによって、どうぞその通り、無事でいて下さい。
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語句と文法の解説
・しきしまの…枕詞 大和にかかる
・言霊…ことだま 言葉にしたことが、事柄として現実性を持つことをあつらえ望むこと
・ぞ…強意の助詞
・ま幸く…「ま」は接頭語 「無事に。つつがなく」の意味の副詞
参考:
磐代の浜松が枝を引き結びまさきくあらばまた還り見む(万葉集、有間皇子)
句切れと修辞について
・4句切れ
・倒置
解説と鑑賞
一首の解説と鑑賞を記します。
遣唐使を送り出す宴の席での歌
長歌を含む、一連5首の最後の短歌。遣唐使を送り出す宴の席での歌とされる。
力強く、なおあたたかく、遣唐使らの旅の平安を祝う歌。
言霊について
言霊は、言葉にしたことが実現するという、言霊信仰、言霊思想のことで、それを踏まえて、言霊の通りに、今私がそう言ったので」というのが説得力を持つ内容となっている。
この言霊信仰は何の言葉に対しても用いられるものではなく、神意が思うように発動されないことに対してははたらかず、神の意志が前提となっている。
長歌の方に「言挙げ」という言葉があり、そのように「言挙げ」したことに対して、これが、神の意志であるということを明確に示し、一連5首を締めくくる歌となっている。
言霊の長歌
この一連の歌の前にある長歌3253は以下の通り
葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども 言挙げぞ吾がする 言(こと)幸(さき)く ま幸(さき)くませと 障(つつ)みなく 幸(さき)くいまさば 荒礒(ありそ)波(なみ) ありても見むと 百重(ももへ)波(なみ) 千重(ちへ)波(なみ)にしき 言(こと)挙げす我れは 言(こと)挙げす我れは
長歌の意味
神の国葦原の瑞穂の国、この国は神意のままに、人は言挙げなど必要としない国です。しかし、私はあえて言挙げをします。この言のとおりにご無事でいってこられるならば、荒磯に寄せ続ける波のように、変わらぬ姿でまたお目にかかることができるのだ、と、百重に寄せる波、千重に寄せる波、その波のように繰り返し繰り返しして、言挙げをするのです私は。言挙げをするのです、この私は。
形式、内容共に、整然とした長歌となっており、すぐれた予祝いの歌とされる。
柿本人麻呂の経歴
飛鳥時代の歌人。生没年未詳。7世紀後半、持統天皇・文武天皇の両天皇に仕え、官位は低かったが宮廷詩人として活躍したと考えられる。日並皇子、高市皇子の舎人(とねり)ともいう。
「万葉集」に長歌16,短歌63首のほか「人麻呂歌集に出づ」として約370首の歌があるが、人麻呂作ではないものが含まれているものもある。長歌、短歌いずれにもすぐれた歌人として、紀貫之も古今集の仮名序にも取り上げられている。古来歌聖として仰がれている。
万葉集解説のベストセラー
万葉集解説の本で、一番売れているのが、斎藤茂吉の「万葉秀歌」です。有名な歌、すぐれた歌の解説がコンパクトに記されています。