大形の被布の模様の赤き花今も目に見ゆ六歳の日の恋 石川啄木【日めくり短歌】  

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大形の被布の模様の赤き花今も目に見ゆ六歳の日の恋 石川啄木【日めくり短歌】

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大形の被布の模様の赤き花   今も目に見ゆ 六歳の日の恋  石川啄木の「一握の砂」より朝日新聞の「折々のことば」に紹介された短歌です。

きょうの日めくり短歌は、石川啄木の短歌作品をご紹介します。

石川啄木「一握の砂」の短歌

きょうの朝日新聞の一面コラム「折々のことば」には、石川啄木の「一握の砂」の下の短歌が紹介されました。

大形おほがた被布ひふの模様の赤き花
今も目に見ゆ
六歳むつの日の恋

 

解説

「大形」というのは、大型、大きなということのようで、着物に使われる言葉です。

辞書には「大きな形の模様。大きな柄 (がら) 」とあります。

「被布」は、防寒のため着物の上にまとう襟元が四角の衣類だということです。

要は、着物のコートのようなものですが、その布の柄が大きな赤い花の模様だった。

その印象がとても華やかで、啄木はそれに恋してしまった、という内容です。

この時の、啄木は、6歳だったということなので、とても早熟な男の子であったのかもしれません。

 

『一握の砂』のふるさとの追想

この歌が含まれる一連は啄木の歌集『一握の砂』の「煙」という章の「2」です。

この2の冒頭の歌が、啄木の歌の中でも有名な一首です。

ふるさとのなまりなつかし
停車場ていしやばの人ごみの中に
そをきにゆく

 

この章はすべて岩手生まれの啄木の「ふるさと」を回顧する歌です。

 

他に、

石をもて追はるるごとく
ふるさとをでしかなしみ
消ゆる時なし

のような、故郷を追われた悲しみも見られます。

石川啄木の一家は寺の僧侶という尊敬される立場であったのですが、父の散財等の金銭問題で、村に居られなくなってしまったのですね。

そのため、「ふるさとの訛なつかし」の他にも

やはらかに柳あをめる
北上きたかみ岸辺きしべ目に見ゆ
泣けとごとくに

のような、歌も生まれました。

掲出歌の「六歳の日の恋」の対象となるのは、大人の女性ではなくて、同年代の少女のことであったかもしれません。

恋の対象は”人”ではなく”人の存在の一断片”

コラムの書き手の鷲田精一氏は

「恋のターゲットは、「あの人」、つまりひとりの人格と思われているが、本当は人格ではなくて、その声や仕草、首筋の線や着物の模様など、つまりはその人の存在の一断片もしくは抑揚のようなものなのかもしれない。それが、心に焼きつくのが恋?

と書いています。

フロイトか何の小説だったか、隣の部屋から聞こえてくる男性の声、それのみに、相手に恋心を覚えたというケースがありましたね。

「一目ぼれ」ならぬ「一耳ぼれ」ということです。

話を戻して、啄木のこの歌の前後には、

我と共に栗毛の仔馬走らせし母の無き子の盗癖(ぬすみぐせ)かな

意地悪の大工の子などもかなしかり 戦に出でしが生きてかへらず

肺を病む極道地主の総領のよめとりの日の春の雷かな

などの村の同輩の子どもたちとその行く末が詠まれます。

 

宗次郎とおかねの歌

この一連でよく引かれる歌は下の歌

宗次郎そうじろ
おかねが泣きて口説くど
大根だいこんの花白きゆふぐれ

 

聞き及んだ村の人物のエピソードなのでしょうが、芝居のような物語性、下句の大根の花がその情景と相まって、絵画的でもあり、啄木の作品の中では特に目を引く一首となっています。

一つの村の中の思い出をこのように短歌に仕立てられるというのは、歌の技量というよりは、やはり、啄木にとってこれらの出来事が忘れられずに残っていたためでしょう。

六歳の日の恋。皆さんは初恋のよすがとなるものを思い出すことができるでしょうか。

今日の日めくり短歌は、石川啄木の短歌を紹介しました。

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