君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く 額田王(ぬかたのおおきみ)の万葉集の和歌の代表作品の、現代語訳、句切れや語句、品詞分解を解説、鑑賞します。
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読み:きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれうごかし あきのかぜふく
作者と出典
万葉集 額田王 ぬかたのおおきみ
この和歌の意味
あなたを待って恋しく思っていたら、あなたと見まごうかのように私の家の簾を動かして秋風が吹くのです
語句と文法の解説
・恋居る…恋しく思っていると
・居る…「をる」の已然形
・をれば…「已然形+ば」(接続助詞)は順接確定条件
・宿…住まい
・すだれ…女性の部屋にかかる御簾(みす)のこと
句切れと修辞について
- 句切れなし
解説と鑑賞
題詞に「額田王(ぬかたのおおきみ)、近江天皇を思(しの)いて作るうた一首」との説明がある。
この歌の次の歌が鏡王女の「風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ」となっており、2首を合わせて鑑賞するようになっている。
一首の意味
一首は相聞の歌で、「あなたを恋しいと思って待っていると、秋の風が部屋のすだれを動かして吹く」というもので、風の動きにもすだれが揺られるように、わずかな風にもあなたかと思うと心がときめく、恋する女性の繊細な心の状態が描かれている。
創作と実作の2つの解釈
この一連には、以下の2つの解釈がある。
- 額田王と鏡王女が実際に作った和歌
- 2首とも、表示された作者の作品ではなく、両者の名前で仮託されて、あとから作られた和歌であるという説
そして、そのどちらにしても、「実体験を詠んだ歌ではない」という説は一致しているので、あくまで、両者の創作的な作品であるとするのが正しい。
さらに、一連の歌として解釈をすると、君の到着かと思ったものが風に終わるという一種の肩透かしの結末に、「風に恋して満足するとは、まあうらやましい」との揶揄を含んで一首を続ける鏡王女の才気も興味深いものがある。
斎藤茂吉の『万葉秀歌』の評
斎藤茂吉の万葉集の歌の解説におけるこの歌の評は以下の通り
一首の意は、あなたをお待申して、慕わしく居りますと、私の家の簾を動かして秋の風がおとずれてまいります、というのである。
この歌は、当りまえのことを淡々といっているようであるが、こまやかな情味の籠った不思議な歌である。額田王は才気もすぐれていたが情感の豊かな女性であっただろう。そこで知らず識らずこういう歌が出来るので、この歌の如きは王の歌の中にあっても才鋒さいほうが目立たずして特に優れたものの一つである。この歌でただ、「簾動かし秋の風吹く」とだけ云ってあるが、女性としての音声さえ聞こえ来るように感ぜられるのは、ただ私の気のせいばかりでなく、つまり、結句の「秋の風ふく」の中に、既に女性らしい愬うったえを聞くことが出来るといい得るのである。また、風の吹いて来るのは恋人の来る前兆だという一種の信仰のようなものがあったと説く説(古義)もあるがどういうものであるか私には能よく分からない。ただそうすれば却って歌柄うたがらが小さくなってしまうようだから、此処は素直に文字どおりにただ天皇をお慕い申す恋歌として受取った方が好いようである。―斎藤茂吉『万葉秀歌』より
額田王はどんな歌人?
額田王(ぬかたのおおきみ)は、「鏡王の娘」という以外詳しい出自や生年などもわかりません。
古いことなので、万葉集の作者やその時代の人には、有名でありながらそのような例もたくさん含まれています。
額田王は飛鳥の宮廷に入り、まず大海人皇子と結婚しますが、そのあと兄の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の妻になります。
また万葉集の歌人、鏡王女は額田王の妹とされています。
額田王について
『万葉集』初期の女流歌人。生没年不詳
7世紀後期の女流万葉歌人『日本書紀』に鏡王の娘とあるが,鏡王については不明。同じ万葉女流歌人で藤原鎌足の室となった鏡王女 (かがみのおおきみ) の妹とする説もある。大海人皇子 (天武天皇) に愛されて十市皇女 (とおちのひめみこ) を産んだが,のちに天智天皇の後宮に入ったらしい。この天智天皇,大海人皇子兄弟の不仲,前者の子大友皇子と大海人皇子との争い,壬申の乱などには彼女の影響が考えられる。―ブリタニカ百科事典
額田王の和歌作品について
額田王の残した歌はそれほど多くはなく、短歌が9首、長歌が3首、全部で12首の歌があります。
代表的な歌は
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る/額田王の有名な問答歌
その歌の特徴は、「ふくよかでありながら、力強く凛々しい」歌と言われています。
額田の王の和歌の特徴
『万葉集』には,皇極天皇の行幸に従って詠んだ回想の歌を最初とし,持統朝に弓削 (ゆげ) 皇子と詠みかわした作まで,長歌3首,短歌 10首を残している (異説もある) 。職業的歌人とする説もあるが,歌には明確な個性が表われている。質的にもすぐれており,豊かな感情,すぐれた才気,力強い調べをもつ。(同)
額田王他の短歌
秋の野のみ草苅り葺き宿れりし宇治の宮処(みやこ)の仮廬(かりいほ)し思ほゆ 1-7
熟田津(にきたづ)に船(ふな)乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎてな 1-8
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなむ隠さふべしや 1-18