短歌・和歌

艸心忌 7月13日は歌人吉野秀雄の忌日【日めくり短歌】

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艸心忌(そうしんき)7月13日は歌人吉野秀雄の忌日です。

吉野秀雄の短歌代表作をご紹介します。

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艸心忌とは

7月13日は歌人吉野秀雄の忌日 艸心忌(そうしんき)です。

吉野秀雄が名付けた自らの住まいの名前が「艸心洞」であるところから名づけられました。

「艸心洞」は師であった会津八一の秋艸道人(しゅうそうどうじん)の号からとられています。

吉野秀雄の忌日

吉野秀雄は、1967年、昭和42年7月13日に65歳にて病気で亡くなりました。

「艸心忌」は鎌倉の瑞泉寺で行われる追悼の催しの名称でもあります。

吉野秀雄の短歌代表作

吉野秀雄の短歌を広く世に知らしめたのは、やはり、妻の死の直前の交情を歌った絶唱ともいうべき短歌でしょう。

真命(まいのち)の極みに堪へてししむらを敢えてゆだねしわぎも子あわれ

読み:まいのちの きわみにたえて ししむらを あえてゆだねし わぎもこあわれ

一首の意味:

死に瀕している妻がつらさをこらえて私と結ばれようと、体を私にゆだねた、その妻のあわれなことよ

この歌の詳しい解説は下の記事に

真命の極みに堪へてししむらを敢えてゆだねしわぎも子あわれ 吉野秀雄代表作短歌

八木重吉の妻と再婚

また、再婚した八木重吉の元妻を歌った短歌も清新な内容です

我が胸のそこひに汝の恃(たの)むべき清き泉のなしとせなくに

「自分の心の奥底にあなたが頼りとするべき清い泉が、ないということのないように」との意味。

 

死をいとひ生をもおそれ人間のゆれ定まらぬこころ知るのみ

吉野は妻を病で失っただけではなく、自身も若い頃から病苦の中で生きてきました。

いよいよ病が重篤になって、生と死の間にある自らの心を詠っています。

この俳句は、第一回目の忌日の瑞泉寺境内の歌碑に刻まれて披露されました。

裏面には

「吉野秀雄を敬愛するもろもろの人あまた集ひてこれを建つときに昭和四十三年七月艸心忌」

と記されています。

 瑞泉寺の場所

吉野秀雄【よしのひでお】

吉野 秀雄(よしの ひでお、1902年(明治35年)7月3日 - 1967年(昭和42年)7月13日)は、近代日本の歌人・書家・文人墨客。号は艸心。多病に苦しみながら独自の詠風で境涯の歌を詠んだ。多数の美術鑑賞や随筆を残し、書家としても知られている。歌集《苔径集》《寒蝉集》《吉野秀雄歌集》等 ―出典:吉野秀雄 wikipedia フリー百科事典

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