石川啄木

君に似し姿を街に見る時のこころ躍りをあはれと思へ 石川啄木

君に似し姿を街に見る時のこころ躍りをあはれと思へ

石川啄木『一握の砂』の短歌代表作品にわかりやすい現代語訳をつけました。

歌の中の語や文法、句切れや表現技法と共に、歌の解釈・解説を一首ずつ記します。

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君に似し姿を街に見る時のこころ躍りをあはれと思へ

読み:きみににし すがたをまちに みるときの こころおどりを あわれとおもえ

現代語訳と意味

君に似た人の姿を町に見かけるときに、胸が躍るのをかわいそうだと思ってください

句切れ

・句切れなし

語句と表現技法

・似し・・・動詞「似る」の連用形+過去の助動詞「き」の連用形

・街に・・・「街で」が文語だと「街に」となる。

・心おどり・・・名詞 意味は「心がおどること。 精神的に興奮すること」 他に「心が躍る」といういい方もある

・あはれとおもえ・・・命令形 「あはれ」は「あはれなり」の形容詞で「哀れ」「かわいそう」の意味

 

解説と鑑賞

石川啄木の第一歌集『一握の砂』の「忘れがたき人々 2」にある作品。

「君」は、同僚の女性教師を指す。

石川啄木の橘智恵子への相聞

石川啄木は、北海道に渡って、函館、札幌、小樽、釧路と道内を転々とした。

最初の函館では代用教員として勤めたが、その同僚の女教師が橘智恵子である。

「忘れがたき人々2」には、彼女を詠んだ歌が22首ある、その中の一首。

一連はほのかな恋愛感情を含む相聞、恋愛の短歌とみることもできる。

歌の意味

一首の意味は、街を歩いているときふと相手に似た人を見かけると、あなたではないかと思って気持ちが上ずってしまうというもの。

相手の面影を常に胸に宿しているという恋愛の気持ちを表している。

「あはれと思え」というのは、「君」に対してのことであって、「そのような私をかわいそうにと思って、哀れんでください」という呼びかけである。

啄木の恋心の訴え

つまり、相手に思いが通じていないので「あはれ=かわいそう」ということなのだが、この歌では、逆に「あはれと思え」と呼びかけることで、相手への思いを訴えている。

言い換えれば、あなたのことをこんなにも思っていて、似た人を見ても心がときめいてしまう。

あなた本人であればなおさらである。そういう私に振り向いてください。思いを掛けてください、という呼びかけでもある。

石川啄木が札幌にいた期間

啄木が函館に渡ったのが明治40年5月5日22歳の時。

6月11日にこの小学校の代用教員となり9月13日には札幌に移ったため、同僚としての勤務はわずか3カ月であった。

歌が詠まれた時期

短い期間のことであるのに、歌はその人への思いを語ってやまず、『一握の砂』の中の清涼な一連となっている。

ただし、この一連の歌が詠まれたのは啄木が東京へ帰ってからのことで、あくまでも過去の追想とその恋愛である。

石川啄木の相聞の短歌一連

橘智恵子を詠んだ歌は他に下のようなものがある。

 

時として君を思へば安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

現代語訳:時に君を思うと、安らいでいた心が急に落ち着かなくなるかなしさよ

いつなりけむ夢にふと聴きてうれしかりしその声もあはれ長く聴かざり

現代語訳:いつのことだったろう。夢にふと聴いてうれしかったその声も、ああ、長いこと耳にしてはいない。

解説:この「あはれ」は、「ああ」という間投詞。

世の中の明るさのみを吸ふごとき黒き瞳の今も目にあり

現代語訳:世の中の明るさだけを吸うような黒い瞳の今も目に残っている

かの時に言ひそびれたる大切の言葉は今も胸にのこれど

現代語訳:あの時に言いそびれた大切な言葉が今も胸に残っているのだが

人がいふ鬢のほつれのめでたさを物書く時の君に見たりし

現代語訳:人が言った鬢のほつれの美しいということを、字を書いている時の君の横顔に見出したのだった

山の子の山を思ふがごとくにもかなしき時は君を思へり

現代語訳:山の子が故郷の山を思うように、愛しく悲しいときは君を思う

解説:たった3カ月のあいだのことであるのだが、短い間に生まれた思いは案外真剣だったのかもしれない。

死ぬまでに一度会はむと言ひやらば君もかすかにうなづくらむか

現代語訳:死ぬまでに一度だけ会おうと言ってやれば、君もかすかにうなづくだろうか

 

石川啄木の智恵子への手紙

橘智恵子とは手紙を交わしており、文通による交流が続いていた。

橘智恵子が入院をした時には、啄木が気遣う様子も歌に残っている。

「一握の砂」を贈呈

それ以上に、「一握の砂」は観光後に橘智恵子に贈られており、その際の手紙の中で啄木は、

「歌の集一部お送りいたせし筈に候ひしが御落手下され候や、否や、そのうち或るところに収めし二十幾首、きみもそれとは心付給ひつらむ。塵埃の中にさすらふ者のはかなき心なぐさみを、あはれとおぼし下され度し」

と書き送っている。

彼女への恋心を「塵埃の中にさすらふ者のはかなき心なぐさみ」と表現している。

もとより啄木は妻子がいるのであるので、「心なぐさみ」とはあくまで自分の心の中でのことであると断っているのだろう。

その上で、「あはれとおぼし下され度し」(かわいそうにと思ってくださいね)と念を押して、謝意と共に了解を問ていると受け取れる。

啄木にしては仕立てに出た言質でもあり、彼女への実際の恋心の表明は何もなかったのだろうが、それでも職場に若い女性がいるということは啄木の心を和ませ、慰められたのであったに違いない。

これらの歌を智恵子はどのようにうけとったであったろうか。

その後「一握の砂」は歌壇の話題となり、石川啄木の歌が人々に愛唱されるところとなった。

流離の人啄木と束の間触れ合った女性として、橘智恵子の名も歌と共に残り続けることとなったのである。




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-石川啄木

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