「和泉式部日記」、平安時代の女流歌人の和泉式部が記した日記の「夢よりもはかなき世の中に」(または「薫る香に」)のあらすじを追いながら、その中の和歌の現代語訳と解説を記します。
スポンサーリンク
「和泉式部日記」について
和泉式部日記は、平安時代中期の女流歌人、和泉式部(いずみしきぶ)が記した作品です。
内容は、1003年(長保5)4月から翌1004年1月にかけて、和泉式部と帥宮敦道(そちのみやあつみち)親王(しんのう)との恋愛の経緯を、歌物語風につづったもの。
重要なのは、その中に含まれる147首もの和歌作品です。
優れた歌人である和泉式部の創意あふれる贈答歌のやりとりが記されたことで、二人の心情を浮き立たせるものとなっています。
※和泉式部の和歌については
関連記事:
和泉式部の和歌一覧 代表作と有名な作品
「和泉式部日記」のあらすじ
和泉式部日記のあらすじの概要は、以下の通り
故人となった為尊(ためたか)親王をしのびつつ1人無聊(ぶりょう)をなぐさめている初夏のある日、故宮に仕えた小舎人童(こどねりわらわ)が、弟宮帥宮から託された橘(たちばな)の花を届ける場面から書き起こされる。以下2人の愛が深まるにつれてしだいに不安と動揺にさいなまれ、いくたびとなく訪れる途絶の危機を乗り越えながら、ついには宮の邸(やしき)に迎え入れられる。―日本大百科全書(ニッポニカ)「和泉式部日記」の解説より
以下に、教材に取り上げられることの多い「和泉式部日記」の「夢よりもはかなき世の中を」の和歌の解説を記していきます。
「夢よりもはかなき世の中を」及び「薫る香に」原文
「夢よりもはかなき世の中を」の中に詠まれている和歌の部分は以下の通りです。
なお、「夢よりもはかなき世の中を」の含まれるのは、この冒頭の地の文で、その部分は、
原文)夢よりもはかなき世の中を、嘆きわびつつ明かし暮すほどに、四月十余日にもなりぬれば、木の下暗がりもてゆく。
(現代語訳)
夢よりもはかない世の中を、嘆きながら暮らしているうちに4月10日も過ぎることとなり、木下も茂る葉陰で、暗く見えるようになった。
というものです。
こうして、4月の青葉を眺めている所に、帥宮の使いが橘の花をもってやってくるところから、「日記」が始まります。
「夢よりもはかなき世の中を」最初の和歌
その中の最初の歌が、「女」こと和泉式部が詠んだ下の歌です。
薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなし声やしたると
読み:かおるかに よそうるよりは ほととぎす きかばやおなし こえやしたると
歌の意味
花橘の香は昔の人を思い出させると言いますが、それより、聞きたいものです。ホトトギスと同じ声がするのか
歌の解説
この歌が詠まれた次第の前後は、和泉式部の恋愛の相手となる、帥宮(そちみや)のところに仕えている舎人(とねり)が、和泉式部を訪ねて来て話をする。
すると、帥宮が橘の花を舎人に託して「これを持って参って、どうご覧になりますかと言って差しあげなさい。」と言った、その使いで来たことが分かります。
※この歌の詳しい文法解説と背景、歌の意味は個別記事でご覧ください。
帥宮の2首目の和歌
主人公の女がその和歌を書き付けた手紙を舎人に渡すと、さらに、それに対して帥宮からの返事が下の和歌です。
おなじ枝に鳴きつつをりしほととぎす声は変らぬものと知らずや
読み:おなじえに なきつつおりし ほととぎす こえはかわらぬ ものとしらずや
作者:帥宮
歌の意味
私、帥宮と亡くなった兄とは同じ枝に鳴いていたホトトギスのようなものです。
声は変わらない、同じものであると、お知りではないのでしょうか。
※この歌の詳しい文法解説と背景、歌の意味は個別記事でご覧ください。
帥宮の3首目の和歌
「女」は「をかしと見れど」、つまり「興味を引かれたけれども」、「常はとて御返り聞こえさせず」、つまり、いつも返事をするのはどうかと思って、今回は返事をしないでいると、更に帥宮が次の歌を贈ります。
うち出ででもありにしものをなかなかに苦しきまでも嘆く今日かな
作者:帥宮
読み:うちいででも ありにしものを なかなかに くるしきまでも なげくきょうかな
歌の現代語訳と意味
自分の気持ちを表さなくてもよかったのに、なまじっか言ってしまったばかりに、苦しいほど嘆かれる今日の思いであるよ
※この歌の詳しい文法解説と背景、歌の意味は個別記事でご覧ください。
和泉式部の返歌
「女」はいわゆる相手の気を持たせるために、返歌をしない「間」を持たせたのだと思いますが、ここで相手が気の毒になり、下のように返したのが次の歌です。
今日の間の心にかへて思ひやれながめつつのみすぐす心を
読み:きょうのまの こころにかえて おもいやれ ながめつつのみ すぐすこころを
作者:女(和泉式部)
歌の現代語訳と意味
今日とおっしゃるその間に生じた嘆きの心に代わって、私の心を思いやってください。
こうして外を眺めながら、どこにも出かけられないで過ごしている、私の心を
※この歌の詳しい文法解説と背景、歌の意味は個別記事でご覧ください。
「夢よりもはかなき世の中を」のまとめ
「和泉式部日記」の冒頭「夢よりもはかなき世の中」を読むと、最初から、まだ会って会話もしていないのに、帥宮と和泉式部とが、和歌で、あたかかも会話をするように、自らの思いを微妙なところをこめて表現をしていることが分かります。
これを以て「和泉式部日記」がどんなものか。そして、平安時代の高度なコミュニケーションである贈答歌がどのようなものかが伝わると思います。