小説「土」の作者でもある家人長塚節の作品を年代順に追います。
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長塚節の結核罹患
長塚節は、小説の代表作「土」を執筆後、結核に罹患。余命一年の宣告を受けた。執筆中は中断していた作歌が再び続けられた。
生きも死にも天(あめ)のまにまにと平(たひ)らけく思ひたりしは常の時なりき
我が命惜しと悲しといわまくを恥ぢて思ひしはみな昔なり
往きかひのしげき街(ちまた)のひとみなを冬木のごともさびしらに見つ
知らなくてありなむものを一夜(ひとよ)ゆゑ心はいまは昨日にも似ず
しかといはば母嘆かむと思ひつつただにいひやりぬ母に知るべく
「まにま・に」他人の意志や事態の成り行きに任せて行動するさま。生きるも死ぬも天のままにと心を平らに思っていたのは健康な時だった。との意味。
「まく」推量の助動詞「む」のク語法。上代語…だろうこと、しようとすること。命が惜しい、悲しいと言おうとして恥ずかしく思ったことは昔のことだ。
知らないでいられただろうことを知ってしまって、一晩で昨日とは心持ちがすっかり変わってしまった。
「しかと」はっきり。はっきり言えば母は嘆くだろうと思いながらわかるようにだけ告げた。
再訪を願う礼状を送り50日待ったが、その手紙は家人の配慮から相手の手には届かなかった。見合いの場以外面識のない面影は母に移る。
我を思ふ母をおもへばいづくにかはぐくもるべき人さへ思ほゆ
我止めば母は嘆きぬ我が母の嘆きは人にありこすなゆめ
生命あらば見るよしもあらむしかすがに人やも母といはばすべなし
おもかげに母おもひ見れば人遂に母たりなむと思ひ悲しも
「ゆめ」は副詞、必ず。
「しかすがに」[副]副詞「しか」+サ変動詞「す」+接続助詞「がに」からという。そうはいうものの。そうではあるが。
病床にあって母を思う歌も胸を打つ。
我れさへにこのふる雨のわびしきにいかにかいます母は一人して
いささかのゆがめる障子が引き立ててなに見ておはす母が目に見ゆ
張り換へむ障子もはらず来にければくらくぞあらむ母は目よわきに
ここにしてすすびし障子懐(おも)へれば母よと我は喚(よ)ぶべくなりぬ