桃の節句に飾られる桃の花は、万葉集をはじめ、古くから歌に詠まれてきました。
きょうの日めくり短歌は、弥生の桃の節句にちなみ、桃の花の詠まれた短歌を、万葉集から現代短歌まで、代表作品を選んでご紹介します。
桃の花の短歌
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3月3日は桃の節句、ひな祭りです。
女児のためのお祭りですが、桃の花を飾るというのが習慣ですね。
※ひな祭りの短歌は下の記事に
日本の梅と桃
万葉集の早春の植物では、梅の他に桃が詠まれたものがあります。
梅の花で有名なのは、やはり令和の語源の歌です。
万葉集「梅花の歌32首」現代語訳と解説 大伴旅人序文「令和」の出典
ただし意外なことに、梅は元々日本の植物ではなくて、この頃に中国から渡来したものだということなのです。
なので、珍しいので盛んに歌に詠まれたのですね。
一方、桃に関しては、元々日本にあった食物で、それほどめずらしいということではなくても、既に女性のイメージに近いものとして詠まれています。
桃を詠んだ歌の内、最も有名な作品は大伴家持の下の和歌です。
春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出立つをとめ
はるのその くれないにおう もものはな したてるみちに いでたつおとめ
作者と出典
大伴家持 万葉集4139
現代語訳と意味
春の園が紅に輝いている桃の花の下まで輝く道にたたずむ乙女よ
解説と鑑賞
一見ほかの短歌と変わらないように見えますが、実景ではなく、中国の詩などにモチーフがあり、それを元にイメージを意識的に作った作品です。
もっとも、この乙女は、家持の妻をモデルにしているとも言われます。
越中新潟の地に赴任した家持の望郷の念がベースにあります。
万葉集の他の桃の歌です。
向つ峰に立てる桃の木ならめやと人ぞささやく汝が心ゆめ
むかみねに たてるもものき ならめやと ひとぞささやく ながこころゆめ
作者と出典
作者不詳 万葉集 1356
現代語訳と意味
向こうの峰の桃の木には実がならないと人がささやいているが、あなたは心を迷わせてはなりません
解説と鑑賞
これは「実がなる」とは恋が実るということのたとえ。
若い女性に対する戒めの歌であるようです。
はしきやし我家の毛桃本茂く花のみ咲きてならずあらめやも
作者と出典
作者不詳 万葉集 1358
現代語訳と意味
いとおしい私の家の桃はこんなに繁っているのですから、花だけが咲いて実がならないなんて、そんなことはないでしょうね。
解説と鑑賞
こちらもどうやら、女性に対する口説きの歌であるようです。
ストレートな物言いの多い万葉集ですが、さすがに迂遠なたとえで思いを告げているのですね。
我が宿の毛桃(けもも)の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
作者と出典
作者不詳 万葉集 1889
現代語訳と意味
わが家の庭先の毛桃に月の光がさして、何とも言えず心地が良いこの頃です
解説と鑑賞
「毛桃」というのは、柔毛(にこげ)に覆われた桃のことで、これが女性の頬をれんそうさせることから、毛桃や桃果は女性の比喩です。
「下心」というのは、今の意味とは違い「内心」のこと。
「うたて」は「不思議に」の意味です。
大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものをならずはやまじ
読みは、大和(やまと)の室生(むろう)の毛桃(けもも)本繁(もとしげ)く言ひてしものを成らずは止(や)まじ
作者と出典
作者不詳 万葉集 2834
現代語訳と意味
大和の室生の桃が茂るように心を込めて言葉をかけてきたので、実を生らさずにおくものか
解説と鑑賞
「大和の室生の毛桃」は、序詞で、毛桃は女性の比喩です。
「本繁く」がポイントで、「心をこめてしきりに」と植物の茂りを掛けています。
「成らずは止(や)まじ」は、恋の成就のことで、その強い思いを詠んだものです。
桃染めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも
作者と出典
作者不詳 万葉集2970
現代語訳と意味
桃の色に染めた薄い色の着物のように、薄っぺらな気持ちであなたに会ったりするものですか。私は本気なのですよ。
解説と鑑賞
「桃=女性」の比喩の歌が多い中で、こちらは桃の花の色と対照させて、自分の気持ちの強さを詠ったものです。
「ものかも」の結句が、さらにその心情を伝えています。
古今集以降の桃の花の短歌
他の桃の花の和歌、こちらは、古今集以降の時代のもので代表的なのは紀貫之の歌
君がため我が折る花は春遠く千歳をみたび折りつつぞ咲く
作者:紀貫之
「千歳をみたび」というのは、三千年のこと。
西王母の園の桃が三千年に一度花を咲かせて果実を実らせるという故事が元となっています。
この里の桃の盛りに来てみれば流れに映る花のくれなゐ
作者:良寛
良寛和尚の素直な桃の花の歌。
村の水辺にある桃の花の素朴な美しさが詠まれています。
以下は、それ以外の桃の花の歌。万葉集とは雰囲気がだいぶ違いますので、読み比べてみてください。
三千代経てなるてふ桃の今日桃の今年より花咲く春になりにけるかな
-壬生忠岑
咲きし時猶こそ見しか桃の花散れば惜しくぞ思なりぬる
- 詠み人知らず
三千代経てなりけるものをなどてかはももとしもはた名付けそめけん
-花山院
あかざらば千代までかざせ桃の花花も変わらじ春も絶えねば
- 清原元輔
物言はば問ふべきものを桃の花幾世か経たる滝の白糸
- 弁の乳母
桃の花宿に立てれば主さへすけるものとや人の見るらん
- 大江嘉言
山がつの園生(そのふ)に咲ける桃の花すけりなこれを植ゑて見けるも
- 経信の母
近代・現代短歌の桃の短歌
近代短歌と現代短歌の桃の短歌をいくつかあげておきます。
長安の市の酒屋の桃咲きて李白が鼾日斜ならんとす
作者:正岡子規
これはおそらく、桃の花を元にした幻想でしょう。
鳥籠をしづ枝にかけて永き日を桃の花かずかぞえてぞ見る
作者:山川登美子
山川登美子はこの歌を与謝野鉄幹に選ばれて、「明星」に参加します。
桃の花遠くに照る野に一人立ちいまは悲しも安く逢はなくに
作者:古泉千樫
古泉千樫の原阿佐緒への相聞歌。
桃の花がふっぜいを添えています
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古泉千樫の原阿佐緒との相聞歌
わがこころ満ちたらふまで咲く桃の花の明るき低空いくつ
作者:佐藤佐太郎
佐太郎には他にも、「桃の葉はいのりの如く葉を垂れて輝く庭にみゆる折ふし」の秀歌があります。
これは佐太郎の代表作のうちに入ります。
鶏ねむる村の東西南北にぼあーんぼあーんと桃の花見ゆ
作者:小中英之
この作者の代表作の一つ。独特な擬音が桃の花に沿っています。
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春の花を詠み込んだ現代短歌 クロッカス 菜の花 桜 他
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