石川啄木

頬につたふ涙のごわず一握の砂を示しし人を忘れず/石川啄木『一握の砂』短歌代表作品

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石川啄木の有名な短歌代表作品「頬につたふ涙のごわず一握の砂を示しし人を忘れず」の現代語訳と句切れ,表現技法などについて解説します。

石川啄木の短歌一覧は下の記事に↓
石川啄木「一握の砂」の短歌代表作品 現代語訳解説と鑑賞

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頬(ほ)につたふ涙のごわず一握の砂を示しし人を忘れず

作者:
石川啄木 『一握の砂』

現代語訳と意味:

頬につたう涙をぬぐわずそのままに一、握の砂を示した人を忘れない

語の意味と文法解説:

「のごふ」・・・「ぬぐう」
一握(いちあく)の・・・一握りの
辞書によると「片手で握ること。また、その分量。ひとにぎり。ほんのわずかなことについていう」

示しし・・・「し」は過去の助動詞「き」の連体形

表現技法と句切れ:

句切れはありませんので、「句切れなし」

解説と鑑賞:

歌集『一握の砂』の題名となった作品であり、この『一握の砂』というのは、つまりこの歌集の短歌の数々と考えられる。

上野作品は、この歌集の冒頭の作品「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむれる」の次に置かれたもので、泣きながら戯れていた「蟹」に代わるものが砂だと考えてもよい。

「涙のごわず」は感傷的な部分であるが、「私が泣きながらお見せしているこの作品は、一握りの砂であるかのように、このようにちっぽけなものですよ」という、卑下の気持ちがある。

啄木の次の第二歌集のタイトルは『悲しき玩具』であることと合わせて考えられたい。

啄木は詩でも名を成せず、小説にも挫折。最後に行きついたのは、それらの代替としての、短歌であって。つまり啄木にとって、短歌は第一目標の文学ジャンルではなかったのである。

 

「啄木と同時代の代表的な歌人、北原白秋斎藤茂吉などは。歌の伝統をそのまま引き継いだのではなく、新しい歌を作ってはいたが、歌そのものの神聖視の気持ちを失うことはなかった。歌作は彼られにとっては生命を底に託すような至上の行為であり、遊び心などと縁のない仕事であった。」(『日本の詩歌』中央公論社より)

それに対して、啄木の歌の位置というのは、「歌は遊びに近いものであった」ことが、これら歌集のタイトルからも推察されるだろう。

そのような自嘲と投げやり、感傷とが、良くも悪くも啄木の短歌の特色となっているわけなのだが、しかし、短歌というのは、そのような感傷や表白を許す私小説的な詩型であった。

そのために、啄木の短歌は、世に広く受け入れられるところとなったのだろう。

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