万葉集

「万葉調」とは何か/万葉集の三つのジャンル相聞歌,挽歌,雑歌について

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短歌で、しばしば言われる「万葉調」とは何でしょうか。
目に当たったところから各人の定義を抜粋しておこうと思います。

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万葉調について

斎藤茂吉の歌はよく「万葉調」だと言われますが、これは万葉集の誤報をまねたということでしょう。

しかし「万葉集」と歌人が言う時には、もう少し広い意味合いで各人が述べたものがあります。

島木赤彦の「万葉集」説明

島木赤彦の述べる「万葉調」というのは、歌の調べのことであろうかと思います。

「柔らかきものは柔らかきに緊張して居り、強きものは強気に緊張して居り、暢(のび)やかなるは、暢やかなるに緊張しておらねばならぬのでありまして、その緊張の快適に現れてゐのるのが万葉集でありまして、左様な歌の調子を我々は万葉調と唱えてゐるのであります。」
(『歌道小見』島木赤彦「歌の調子 つづき」)

中村憲吉の「万葉調」

一方、中村憲吉の場合は「万葉調」を、歌の技法やスタイルでもありながら、むしろその第一義を「作家態度」としても考えていたようです。

「我々が子規を祖述するいはゆるアララギ歌風とは、もとより万葉調の復興と写生精神の唱道とである。万葉調といってもそれはただ、言語口調の模倣をいふのではない。万葉人の作歌精神の根本に立ち返り、その作家態度をもって吾人の態度とすることである。

写生説とはこの万葉人の作家態度精神を実行の上から具体的に説いた主張である。すなはち対象の実相に即しその核心にふれ、如実に自己の感動を表現するの謂(いひ)であって、その対象が自然界なると、自身内部の動乱なるとを問はず、この態度をもって表現することによって生命直写の歌が生まれるとするのである。」
(「アララギ二十五年」中村憲吉)

 

万葉集のジャンルについて

万葉集には、大別して雑歌(ぞうか)、相聞歌(そうもんか)、挽歌(ばんか)の三つの部類があります。

相聞歌は主に恋情を詠んだもの、挽歌は死者を悼む歌です。

恋愛の歌が多いのはわかる気もしますがが、挽歌もそれに並ぶくらい数があることになります。

万葉集の2大ジャンル「相聞と挽歌」

万葉集の研究をされている久松潜一先生が、相聞と挽歌が万葉集の主軸となっている理由を、次のように述べています。

万葉人の愛──万葉時代人の人間的自覚は、人間を愛することと、人間の死を悲しむことに切実に現れています。万葉集の歌の分類が恋の歌などを贈答する相聞、葬式のときにうたう挽歌を2つの主軸として、これ以外の種々の場合を雑歌としているのは、愛と死とが、人間にとって最も重大な点であると考えたからでしょう。 ── 久松潜一

 

万葉集の「雑歌」とは

「雑」という字は、現代では、あまり良いイメージでを持っていませんが、

この場合の「雑」は、古代中国の辞書の「五采相い合うなり」とか、(五色の彩りが一つになる)とか「最なり」(第一のもの)を意味するものだそうです。

年のはじめの「雑煮」も、この「雑」の意味です。

万葉集の雑歌は雑多なジャンルには違いありませんが、むしろ、一つのカテゴリーに規定するよりも、もっと豊かな色合いをなしています。

相聞歌、挽歌、それ以外の歌が「雑歌」ではあっても、一番豊かなのが、「雑歌」のジャンルにあるともいえます。

以上、「万葉調」と「万葉集のジャンル」について、簡単ながら記しておきます。





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