古今・新古今集

「ますらをぶり」と「たをやめぶり」賀茂真淵のいう意味と作品例

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「ますらをぶり」と「たをやめぶり」というのは、万葉集と古今和歌集の作品を対比させてその特徴を言う時の言葉です。 

提唱したのは賀茂真淵と本居宣長。「ますらをぶり」と「たをやめぶり」、それぞれの言葉の定義と意味、代表的な作品をあげて詳しく解説します。

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「ますらをぶり」と「たわやめぶり」

「ますらをぶり」と「たをやめぶり」の元になる「ますらを」も「たをやめ」も万葉集の中にある言葉ですが、これらの言葉を時代の短歌の作風と特徴を述べるのに際して使ったのは、賀茂真淵と本居宣長とされています。

その時代とは、大まかにいって、万葉集と古今和歌集以後に大別されます。

「ますらをぶり」と「たをやめぶり」というのは、万葉集と古今和歌集以後の作品の作風をいう時に使われる言葉です。

それまでの言葉「ますらを」「たをやめ」に「―ぶり」をつけて、その時代の和歌の特徴を形容する、その意味として使われる、そういう意味を持ちます。

「ますらを(お)」と「たお(を)やめ」の意味

元々の言葉の意味は、

ますらお益荒男 または大丈夫りっぱな男。勇気のある強い男 軍人や兵士
たおやめ手弱女しなやかで優美な女性。たおやかな女

ますらおが感じでは大丈夫、または益荒男。

「男」という漢字が入る通り、元々は男性」を表す言葉です。

「たおやめ」は「手弱女」で、文字通り女性を表す言葉です。

男性的であることと、女性的であること、それぞれを歌の特徴として当てはめたのが、「ますらをぶり」と「たおやめぶり」の言葉なのです。

「を」と「お」

なお、「を」を「お」と表記するのは、歴史的仮名遣いで表記しているか、現代仮名遣いで表記するのかの違いです。

どちらも同じ言葉です。

「ますらを(お)ぶり」と「たを(お)やめぶり」の歌風

2つの歌風を大まかに対比されると、男性的と女性的ということです。

ますらをぶり男性的でおおらかな歌風
たおやめぶり女性的で、優美・繊細な歌風

これについては以下に解説します。

 

賀茂真淵と本居宣長の和歌の理想

両方の言葉を用いたのが、国文学者で歌人の賀茂真淵です。

そして、賀茂真淵自身は、「ますらをぶり」を和歌の理想としました。

さらに、そのあと、国文学者の本居宣長は、「ますらおぶり」よりも「たおやめぶり」を良しとしました。

ますらをぶり万葉集男性的でおおらかな歌風
賀茂真淵の和歌の理想
たおやめぶり古今和歌集以後女性的で、優美・繊細な歌風
本居宣長の和歌の理想

双方の記述には、それらに対する多く肯定の意味を読み取ることができます。

 

賀茂真淵の「ますらをぶり」

まず、国学者、歌人である賀茂真淵が「ますらをぶり」と「たわやめぶり」の両方をあげました。

奈良朝までは武をもっぱらとして、官人皆大丈夫(ますらを)の志を立てたれば、所 詠の歌即大丈夫の歌なり。

今京巳後、二・三代の後は、男にして女を習へり。よりて所詠の歌皆女歌なり 。故巨細に巧(たくみ)をなして歌を作るなり。古へは丈夫のこころなれば、子細なる巧は不用、ただ意気高く風調を賞めり。

賀茂真淵は奈良時代までは、和歌は「ますらをぶり」の歌であったとしています。

そして、そののちの時代は男性も女性的な歌を詠むようになった、それを「女歌」と称し、巧みになった。益荒男の時代は、技巧は不要であったと述べています。

ますらおぶりの和歌の真

さらに賀茂真淵は、万葉とその後の時代の違いを下のように

思ひつるこころを即いひたるのみ、終りの理りを思ひかへすまでにいまだ暇なし。古はかく其の儘にいへる故に真なり。後の人はおもひかへしていふゆゑに、真てふものにあらず、巧みて作れるものなり。

意味は、万葉の時代は思ったことをそのままに言う。その後の時代「後の人」は、そのまま言うのではなくて思い返しながらいう」ために、「真というものではない。技巧を凝らして作るものなのだ」としています。

つまり、賀茂真淵は、万葉のますらおの歌を「真の心」を述べるものだと述べているのです。

 

本居宣長の「たおやめぶり」

一方、本居宣長は

奈良の都の頃に至りてはよほどを巧みになりて、その歌の善悪をかれこれ言うようになれば、上手あり下手あり、これを学び心がくる人あり。

として、古今集以後の歌の「巧」という点に心を引かれたようです。その技巧の点の「上手下手を学ぶようになった」という見解なのです。

「たおやめぶり」の強い肯定

さらに「たおやめぶり」の強い肯定として

又詩もをのつからさる国のならはしにひかれて。ただ、大丈夫の雄々しきこころばへをのみ好みてととのへて、恋つ情の女々しく人わろきさまなどを恥じていわず。これみな繕い飾れるうわべのこと似て。人の心のまことにはあらずを。

本居宣長の主張は「万葉の時代はますらおの勇ましさ心ばかりを取り上げて、恋心の女々しく心の乱れゆえの人の悪さを恥ずかしがって言わない。それは繕って飾ったうわべのことで、人の心の真ではない」としています。

即ち、「人の心のまこと」に迫るのは、「大丈夫の雄々しき心ではなくて、それ以後の恋する情」を詠んだ、たおやめぶりの古今集以後の歌だというのが、本居宣長の主張するところなのです。

 

「ますらおぶり」と「たおやめぶり」の和歌作品の例

「ますらをぶり」と「たおやめぶり」、それぞれの和歌作品の例をあげます。

万葉集の「ますらを」の和歌

万葉集の「ますらを」を使った歌は下のような歌です。

大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね 4165

作者:山上憶良

意味:大夫はりっぱな名をたてるべきである。後の世に聞き継ぐ人もまた語り継ぐように

かきつはた衣に摺り付け大夫の着襲ひ猟する月は来にけり 3921

作者:大伴家持

意味:かきつばたの花で、衣を摺り染めにして、朝廷にお仕えする立派な男たちが着飾って狩りをする、月が来たことだ

この歌の解説記事:
かきつはた衣に摺り付け大夫の着襲ひ猟する月は来にけり

ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね 364

作者:笠金村(かさのかなむら)

意味
ますらをの弓の端を振り起して射た矢を、後に見る人は語り継いでほしい。

「たおやめぶり」の和歌作品の例

「たおやめぶり」の作品の例は、具体的に賀茂真淵や本居宣長があげたものは見つかりませんが、本居宣長が「恋の歌」と言っているところから、、古今和歌集と新古今和歌集、百人一首などの下のような作品と推測できます。

作者が男性であっても、技巧的で女性的な繊細な恋の歌は、その特徴が顕著に表れたものだと言えます。

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さらに、技巧的というのは、掛詞や序詞、縁語などを用いた上での作品を優れたものとしていると思われます。

掛詞 縁語 序詞 本歌取り 和歌の修辞技法をわかりやすく解説







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