万葉集

東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ/柿本人麻呂/万葉集解説

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東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ、柿本人麻呂作、万葉集の有名な和歌を鑑賞、解説します。

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東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

読み:ひんがしの のにかぎろいの たつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ

作者

柿本人麻呂 1-48

現代語訳

東の野に陽炎の立つのが見えて振り返ってみると月は西に傾いてしまった

 

解説と鑑賞

「軽皇子安騎の野に宿らせる時に柿本朝臣人麿が作る歌」という題詞に作られた一連の中の一首です。

長歌と短歌4首の構成

長歌がまずあって、そのあとに4首が続き、この歌は、その3番目の歌です。

0046 安騎の野に宿れる旅人(たびと)うち靡き寝(い)も寝(ぬ)らめやも古へ思ふに

0047 ま草苅る荒野にはあれど黄葉(もみちば)の過ぎにし君が形見とそ来し

0048 東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ

0049 日並(ひなみし)の皇子の命の馬並めて御狩立たしし時は来向ふ

この前に長歌があるわけですが、全体の流れを説明すると、既に亡くなってしまった草壁皇子の頃である昔、1首目の「古」(いにしへ)を思うと心が波立って夜も眠れない。

そして、故草壁皇子のかたみの地にやってきた。

すると、「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ」という情景があり、作者は、皇子に成り代わって、その地に立ってみている。

この3首目においては、壮大な景色には、それにふさわしい”あのお方”が立つべきであるということが暗示されています。

すると、代は変わって草壁皇子の子、軽皇子が、あの時草壁皇子が行った時のように今この地に来て、狩りにおいでになるときがやってきた。

そういう流れになり、天皇の世代交代がこの歌の題材であるところなのです。

神話的な世界

一連は、朝から夜、翌朝という時間的な構成をとっており、大切なのは、作者の目的に合った抽出がなされており、これが歌の世界の中に言葉で創造された神話的な世界であるということです。

まずは、この一首の、「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の、人の立っている位置から、見えるものについて考えてみましょう。

人の立つ位置

「かぎろい」というのは、東の空が明るんで、太陽が昇る、または上ろうとしているところです。

かぎろいの意味

辞書によると

かぎろい かぎろひ 【〈陽炎〉】
①かげろう。春,晴れた日に砂浜や野原に見える色のないゆらめき。
②明け方の空の明るみ。曙光(しよこう)。

この2番目の方の意味となります。

そして、西の空には、「月傾きぬ」というのは、月が空に傾く、つまり、沈もうとしているところで、その眺めをいったものです。

この景色を見ている人は、太陽と月のはざまの中心に居ることとなります。

こういう状況はありえなくはありませんし、時間差を持ってみれば、月と太陽の両方を見ることも可能です。

しかし、作者は意識してこのような情景を歌の舞台として取り入れたのです。

このような壮大な光景、天と地のはざまを描いたとき、そこに登場するのは、天皇の他を置いては誰もいないのです。

「かえり見」の動作の意味

再度、上の情景を負ってみると、景色は東から西へと視点が移り変わっています。

そして、歌の中の人物「われ」、作者自身は、東に向かって立っているが、そこからさらに西に「かえり見」をして、初めて太陽と月を含む全体が確認されるようになっています。

「かえり見」の行為をする人物がいなければ、「月」と「太陽」が同時に見えるこの景色は成立しない。

なので、その舞台のしつらえのために、「かえり見」とそれをする人=作者が登場しているのだと思われます。

時間的な遡行を表す「かえり見」

また、前の歌に「安騎の野に宿れる旅人(たびと)うち靡き寝(い)も寝(ぬ)らめやも古へ思ふに」とあるように、現在の地点から「古(いにしえ)を思う」という、時間的な遡行を象徴する「かえり見」も、東から西への見渡し同様に、同時に成り立っていることがわかります。

この一連は、軽皇子が安騎の野に泊ったという出来事を詠んだものですが、安騎の野はまた、その父、故草壁皇子の形見の地であるということで、「古を思う」というのは、その天皇の一族の生死、移り変わりを象徴しているのです。

「東と西」「過去と現在」の中心点

この歌の「かえり見」とは、つまり広大な空間の東西を結ぶ中心にあるということ、そして、古代と今との時間的な流れの中心にあるということです。

いわば、この地を世界の中心として描き出したのが、この歌の情景です。

そして、このような壮大な地にたつのにふさわしいのは、”あのお方”、つまり、天皇を暗示するものであり、そして初めて、4首目に「日並の皇子の尊の…」t天皇が登場をするようになっているのです。

柿本人麻呂のスケールの大きさ

太陽と月との運行、昼と夜との転換、古代から現在への流れの、それらを今まさに感得できる空間を描き出すのが、一連とこの歌のモチーフであり、柿本人麻呂の描き出した歌の情景のスケールの大きさ、また、この視点の不思議さに、改めて驚かずにはいられません。

このようなスケール感を持つ歌人は、万葉集以外でも人麻呂の他にはいないでしょう。

「つきかたぶきぬ」と万葉集の読みについて

「つきかたぶきぬ」の読みは賀茂真淵の訓読に今も倣ったというもので、実際にこの歌の通りに読めるかどうかというのは、今でも不確実であるそうです。

結句は、原本の万葉仮名では「月西渡」であり、「月西渡る」の可能性もある、否、おそらくそのとおりであったかもわかりません。

太陽が昇り、月が沈むというモチーフであれば、月が西に行くことをはっきり示す方が適当ともいえます。

万葉集の歌の読み方、訓読というのは、簡単なものではなく、平安時代にはその頃の読み方が既に読めなくなっていました。

その後は、江戸時代にも賀茂真淵の研究を経て、これまでずっと読み伝えられ、さらに修正が重ねられてきて、やっとこのように読むということが分かったものが多くあり、未だにははっきりわからないものもあるということです。

古典が残るということ、古典を読むということの貴重さを、このエピソードからもうかがい知ることができます。

一連の歌

この短歌の含まれる、長歌と短歌を再度挙げておきます。

軽皇子安騎の野に宿らせる時に柿本朝臣人麿が作る歌

0045 やすみしし 我が大王 高ひかる 日の皇子
神ながら 神さびせすと 太敷かす 都を置きて
隠国(こもりく)の 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を
石(いは)が根 楚樹(しもと)押しなべ 坂鳥の 朝越えまして
玉蜻(かぎろひ)の 夕さり来れば み雪降る 安騎の大野に
旗すすき しぬに押しなべ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ほして

短歌(みじかうた)
0046 安騎の野に宿れる旅人(たびと)うち靡き寝(い)も寝(ぬ)らめやも古へ思ふに

0047 ま草苅る荒野にはあれど黄葉(もみちば)の過ぎにし君が形見とそ来し

0048 東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ

0049 日並(ひなみし)の皇子の命の馬並めて御狩立たしし時は来向ふ

長歌も含めて読んで、初めて流れがつかめると思います。流れと背景をつかんでみてください。

万葉とその時代のもっとも偉大な歌人、柿本人麻呂の作品は、引き続き鑑賞していきたいと思います。







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