万葉集

春過ぎて夏きたるらし白妙の衣干したり天の香具山 品詞分解と表現技法 持統天皇

春過ぎて夏きたるらし白妙の衣干したり天の香具山

持統天皇が夏山を見て歌った有名な和歌の現代語訳と品詞分解、句切れや表現技法を記します。

また、万葉集と古今集、百人一首との違いもあげますので、比較してみてください。

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春過ぎて夏きたるらし白妙の衣干したり天の香具山 の解説

読み:はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり あめのかぐやま

作者

持統天皇 1-28

万葉仮名原文

春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山

現代語訳

春が過ぎて夏が到来したようだ 天の香具山に白い夏衣が干してあるのを見るとそれが実感できる

 

解説と鑑賞

持統天皇のこの歌は、万葉集に収録されたのが最初で、その後「新古今集」巻3「夏歌」の巻頭歌にも掲げられており、遠いいにしえの万葉の時代の景観、そして、そこに見る人々の営みも感じられるような歌として、広く愛唱されている一首です。

作者

歌を詠んだ持統天皇は、天智天皇の第2皇女で、のちに第 41代の天皇となった、女性の天皇、女帝です。

天智天皇の有名な歌は

秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇

場所

歌に詠まれた場所には諸説あります。

一説には天皇の住まいである藤原宮(ふじわらのみや 奈良県橿原市)に遷都する前に何度か訪れたことがあり、その際に、山を望み見て詠まれた歌とされています。

情景

その眺めの中に夏衣が天の香具山に干されているのを目にして、早くも夏が来ようとしているとその情景をそのままに歌ったものです。

何よりも初夏の到来を象徴する、白い衣のひるがえるさまがすがすがしく、夏に向かって胸を躍らせる気持ちが伝わります。

天の香具山

香久山,画像

こちらが天の香久山とされている、香久山の画像です。

香久山、香具山(かぐやま)は、奈良県橿原市にある山。畝傍山、耳成山とともに大和三山と呼ばれる。標高は152.4メートルと三山の中では標高は2番目である。--出典:天香久山フリー百科事典Wikipedia より

「春過ぎて」の品詞分解と文法

この歌の文法についてです。

「春過ぎて夏来るらし」の読み方

・来るらし…読み「きたるらし」。

文語では「来るらし」と書いて「きたるらし」と送り仮名を補って読む

「来るらし」の「らし」

・らし…推定の助動詞

「来たらしい」の意味

枕詞について

・「白妙の(しろたえの)」… 色が美しく白いという意味と「白妙の」の語で枕詞と両方がある。

この歌の場合は、色の白さを表す方が適切である。衣の色が白いことが情景のポイントだからです。

※枕詞については
枕詞とは その意味と主要20の和歌の用例

「干したり」の助動詞

・干したり…「干す+存続の助動詞たり」

・存続の助動詞「たり」は、「…ている。…てある」の意味で、ここでは干してある、の意味。

 

「春過ぎて」表現技法

一首の表現技法について

句切れ

句切れについては、「きたるらし」のところで、2句切れ

さらに、「干したり」で4句切れ

体言止め

斎藤茂吉はこの歌の声調に注目しており、「夏来るらし」「衣ほしたり」でイ音を繰り返していることを挙げています。

また、結句で「天の香具山」と名詞止めにしたのも、「一首を整正端厳にした」と述べています。

 

新古今集・百人一首との違い

万葉集と新古今集の違いについて説明します。

二首を対照させると

春過ぎて夏きたるらし白妙の衣干したり天の香久山 (万葉集)

春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香久山(新古今集・百人一首)

 

万葉集では「来たるらし」が新古今集では「来にけらし」、「衣ほしたり」が「衣ほすてふ」という形に変わっています。

万葉集新古今集
来たるらし⇒来にけらし
衣ほしたり⇒衣ほすてふ

 

なお、「ほすてふ」の読みは、発音は「ほすちょう」と読みます。

意味は同じですが、新古今集と百人一首の方のバージョンは、その時代の好みの女性的な音調による読み方「ほすてふ」と、音調を得るための柔らかい言葉「~けらし」に置き換えられるという、改作がなされているといわれています。

 

 

「春過ぎて夏きたるらし」の背景

『万葉秀歌』を記した歌人斎藤茂吉の推察だと、藤原宮は持統天皇の四年に高市皇子が視察、十二月には作者である持統天皇自身も視察に来ており、その後六年五月から造営をはじめて八年十二月に完成。

なので、この歌はおそらく八年以後の歌で、宮殿から眺めた時の情景を詠んだものと斎藤茂吉は推察しています。

斎藤茂吉の解説は下の通り。

一首の意は、春が過ぎて、もう夏が来たと見える。天の香具山の辺には今日は一ぱい白い衣を干している、というのである。

「らし」というのは、推量だが、実際を目前にしつついう推量である。「来きたる」は、ら行四段の動詞である。

第二句で、「来るらし」と切り、第四句で、「衣ほしたり」と切って、「らし」と「たり」でイ列の音を繰返し一種の節操を得ているが、人麿の歌調のように鋭くゆらぐというのではなく、やはり女性にまします語気と感得することが出来るのである。

そして、結句で「天の香具山」と名詞止めにしたのも、一首を整正端厳にした。―出典:「万葉秀歌」斎藤茂吉著より

 

 

持統天皇の他の和歌

持統天皇の万葉集の他の作品です。

いなと言へど強ふる志斐しひのが強語しひかたりこのごろ聞かずて我恋ひにけり 3-236

燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずや面智男雲 2-160

北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月も離りて 2-161

飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ 1-78

一首目はよく知られた歌です。

二首目の「面智男雲」は、万葉仮名の原文そのままですが、読み方がわからないとされています。

万葉集にあるのは、いずれも古い歌なので読み方の音や、意味などが分からない言葉も少なくはないのですが、想像をめぐらしながら読んでみましょう。




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