正岡子規の短歌「真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾に向かいて光る星あり」は芥川龍之介が「侏儒の言葉」にも取り上げて、子規の短歌で一般にもよく知られています。
この短歌は「星」と題する連作の10首の冒頭にあるものです。
その「星」連作の10首をご紹介します。
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正岡子規短歌「星」連作10首
連作10首全部は以下の通りです。
真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾に向かいて光る星あり
たらちねの母がなりたる母星の子を思う光吾を照せり
玉水の雫絶えたる檐(のき)の端(は)に星かがやきて長雨はれぬ
久方の雲の柱につる糸の結び目解けて星落ち来る(きたる)
空はかる台(うてな)の上に上り立つ我をめぐりて星かがやけり
天地(あめつち)に月人男照り透り星の少女のかくれて見えず
久方の星の光の清き夜にそこともしらず鷺鳴きわたる
草つつみ病の床に寝かえればガラス戸の外(と)に星一つ見ゆ
久方の空をはなれて光りつつ飛び行く星のゆくへを知らず
ぬば玉の牛飼星と白ゆうの機織姫ときょうこいわたる
(原文旧漢字カナ)
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各歌の意味と解説
たらちねの母がなりたる母星の子を思う光吾を照せり
2首目 その明るい一つの星を子である私を照らす、子を思う母の光であると想念を広げていきます。
玉水の雫絶えたる檐(のき)の端(は)に星かがやきて長雨はれぬ
3首目 玉のように軒先から落ちる雫が止まって、軒の向こうに星が輝いたと思ったら長かった雨が晴れていた、というこれは実際の情景を詠んだもの。
久方の雲の柱につる糸の結び目解けて星落ち来る(きたる)
4首目 星は雲に糸のようなもので結ばれている。その結び目が解かれると、星が流れ星となって落ちるのだという想像ですが、前の歌の軒先の雫からの連想であるかもしれません。
空はかる台(うてな)の上に上り立つ我をめぐりて星かがやけり
5首目 「空をはかる台」とは天文台のことで、そこに上って立つと、さえぎるもののない私の周りに星が輝いているという情景です。
天地(あめつち)に月人男照り透り星の少女のかくれて見えず
6首目 「月人男」とは万葉集にある一連の「七夕歌」の中にある言葉のことで、月の愛称のようなものです。「月人男」に対して子規は「星の少女」を考える。月の光が強いので、少女の星の弱い光が見えない、という、これも月を人称化しての想像です。
あともうひとつ「月人男」で考えられることは、この子規の写実ではない想像のかなり含まれる連作は、万葉集の七夕歌を浮かべながら作ったものだとも思われます。
久方の星の光の清き夜にそこともしらず鷺鳴きわたる
7首目 「久方の」は「天 (あめ・あま) 」「空」「月」「雲」「雨」「光」「夜」「都」にかかる枕詞です。「そこともしらず」は「どこともわからない」ところに、鷺の声が空を通って聞こえる。
草つつみ病の床に寝かえればガラス戸の外(と)に星一つ見ゆ
8首目 子規はこの部屋では、ほぼ布団の上に寝た切りで過ごしていたわけですが、「草つつみ」のつつみは「堤」、つまり草の土手ということです。草堤ではないが、病床に寝返りをうてば、草堤に寝転んでいるかのように、星が一つ見える。
「草堤」のあとにつながる「~のような」の助詞は省かれています。そして、この歌は、想像ではなくて、子規の今ある生活そのままを詠っています。
久方の空をはなれて光りつつ飛び行く星のゆくへを知らず
9首目 流れ星を詠ったものですが、「空を離れて」行く星の行き先を知らない、というもの。4首目の「落ちてきた星」のさらにその先の想像です。
ぬば玉の牛飼星と白ゆうの機織姫ときょうこいわたる
10首目 「ぬばたまの」は「夜」の連想から「月」「夢」にかかる枕詞。「白(しら)ゆう」は「白木綿」で、白いこと、10首の最後に初めて七夕伝説が詠われています。「きょうこいわたる」は「今日恋いわたる」。
子規という人の提唱した短歌は「写生」というものであり、それは事物のありのままを詠うということでした。
この一連でめずらしく想像によって詠まれた部分が多くみられるのは、万葉集の「七夕歌」をベースにした試みであったからでしょう。
万葉集の七夕歌についてはこちらの記事
子規の星の歌は29首ありますが、星を題材に詠まれたものは、これが最後となります。